聖書 新改訳 2017

 新日本聖書刊行会による「聖書 新改訳 2017」が送られて来た。発売日は10月だが、早期予約していたので少し早めに発送されたのかもしれない。

 「聖書 新改訳」の初版は1970年発行で、その後1978年には改訂第2版が出て、2003年にはかなり大きく改訂された第3版が出ている。僕が現在持っている新改訳は、この第3版だった。

 今回の改訂は第4版ではなく、「新改訳 2017」というタイトルになった新しい訳だ。当初は「標準訳」というタイトルで発表されたが、結局こうしたタイトルに落ち着いた。今後は大きな改訂があるたびに「新改訳 2030」とか「新改訳 2045」などのタイトルになるんだろうか……。(なんだかSF映画のタイトルみたいだな。)

 今回購入したのは旧新約合本の中型聖書。ソフトカバーのビニル装で、脚注付きになっている。本文はちゃんと現代の日本語になっているが、ところどころに文語風の表現が残っているのはやはり聖書らしい言い回しだ。

 例えば神が世界を創造するときは、やはり「光、あれ。」から世界が誕生する。これか「光があるように」とかでは、まるでサマにならないのだろうなぁ……。

 (ちなみに英語聖書だと1611年のKJVが同じ部分を「Let there be light」と訳し、21世紀になって訳されたESVが「Let there be light」だから、結局は400年たっても訳は同じ。地の文はともかく「神の言葉」については、訳語が保守的になる傾向があるのかも。)

 現在教会で使われている主だった日本語聖書としては、福音派系のプロテスタント教会で使われている新改訳の他に、日本聖書協会が発行している「新共同訳」がプロテスタントやカトリックの教会で広く使用されている。この「新共同訳」も現在新しい翻訳が準備中で、予定通りに作業が進めば、来年には翻訳が完了して新たな聖書が発売されるはずだ。

 日本ではキリスト教人口は総人口の1%以下と言われているが、聖書翻訳の世界はどういうわけか元気。今年は田川建三の「新約聖書 訳と註」も7巻(8冊目)の黙示録が出て完結しているので、僕もまだ入手していない巻を少しずつ購入しなければ……。

投稿者: 服部弘一郎 カテゴリー: 日記

こむら返りの再発

 最近はあまり大きな発作を起こさなかった足の具合だが、昨夜は久しぶりにこむら返りの大きな発作を起こした。

 しかも一晩に3回ぐらい。それ以外に小さな引きつりやしびれが何度かあったので、夜中に何度も飛び起きてしまった。

 朝起きたのも、5時半過ぎに大きめの発作が起きそうな気配を感じて飛び起きたためで、こうなるともう時間も時間なのでそのまま起きてしまおうということになる。おかげで今日は寝不足気味だ。

 僕のこむら返りが起きるのはほとんどの場合左足に限定されているのだが、昨夜は久しぶりに左右両足が同時につった。左足の方が痛いのは確かなのだが、左右がつると身動きできなくなって難儀する。

 まあ発作が起きてから泥縄式に水を飲むとか、夏に買った塩分とクエン酸補給のラムネ菓子みたいなものを口に放り込んで噛み砕くとか、痛む場所に湿布を貼るとか、痛み止めのロキソニンを飲んだり、特効薬と言われる芍薬甘草湯を飲んだりもしたのだが、結局その後も発作は続いたからあまり役には立っていなかったのかもしれない。

 この時期になってこむら返りがぶり返したのは、涼しくなってきて昼間水を飲む量が減ったからか、最近どうも野菜の摂取が足りずミネラル不足になっているのか、夜中に部屋の気温が下がって足が冷えるのか、まあ理由はどうでもいいことだ。どのみち何をどうしても完全には予防できず治らないことは、長年の経験でわかっている。

 発作は寝ているときだけでなく、昼間起きているときに起きることもある。

 こむら返りは筋肉に異常な引きつりが起きることなので、発作が起きそうになった段階で意識して脱力すると、大発作につながるのを防げることも多い。同じ姿勢を続けていると、筋肉やすじがこわばって発作が出そうになることもある。この時は少し立ち上がってゆっくりと歩くことで、筋肉をのばしたりほぐしたりすると発作の気配が遠のいていく。いろいろと工夫しているのだ。

 しかし寝ているときはこうした工夫の余地がなく、思いがけない大きな発作を招くこともある。困ったものだが、これが僕の持病みたいなものだ。これからも末永く付き合うことになるんだろうなぁ……。

投稿者: 服部弘一郎 カテゴリー: 日記

買った本は積ん読に一直線!

 読みたい本がある。本を買うのは無駄づかいじゃないと思っているから、Amazonで次々に購入する。問題は読むための時間がないこととだ。

 1日15分読書で少しずつはかどるようになった。調子がよければこれを2セットやる。でも調子に乗って週に何冊も本を買っているから、これではとても間に合わない。

 紙の本だけではない。少し前からAmazonのKindle Unlimitedにも加入して、電子書籍でただ読みできそうなものは次々手を出している。これはこれで、週に1冊ぐらいは読んでいる。

 もうぜんぜん、本を読む時間が足りないのだ。

 というわけで、買った本のほとんどは部屋の隅に積み上げられている。いわゆる「積ん読」だ。この山と格闘し、少し高さが減ってくると思うと、またAmazonに注文。翌日にはまた山が高くなる。

 まるでシジフォスの岩みたいなものだが、僕自身はこういう生活が気に入っている。

投稿者: 服部弘一郎 カテゴリー: 日記

解散の大義は「今なら勝てる」から

 安倍首相が衆院解散の意向を固めたことに対して、「解散する理由がない」とか「大義なき解散だ」と言う人たちは馬鹿じゃなかろうかと思うよ。

 安倍首相がこのタイミングで解散をするのは、今なら選挙で勝てると踏んだからです。

 野党第一党の民進党は、代表が交代した途端にガタガタで崩壊状態。維新にはかつての勢いがなくてふらついているし、都民ファーストを母体とする国政政党はまだ準備不足。今なら自民党は恐いものなしでしょう。

 安倍政権が長く高い支持を受けているのは、「他の選択肢がない」という有権者の気持ちが大きい。先の都議選ではそこに、都民ファーストの会という受け皿ができて大勝したわけだけど、国政の場ではまだまだ他の選択肢がない状態が続いている。

 ならば勝てるうちに勝っておくのが、自民党総裁でもある安倍首相の考えなんでしょう。

 野党や反体制マスコミは身勝手なもんで、森友問題や加計問題などで内閣支持率が低くなってくれば「解散しろ」「国民の審判を仰げ」と言うくせに、内閣支持率が盛り返して再び支持率が不支持を上回るようになれば「解散には大義がない」と文句を言う。

 要するに「首相は支持率の落ちたときに選挙をして、負けて退陣しろ」ということなんでしょう。でも支持率が落ちてにっちもさっちも行かなくなったわけじゃあるまいに、解散権を持つ首相がわざわざ自分の不利なタイミングで解散するはずないじゃないか。少しでも自分の有利なところ、勝てるチャンスがあるところで解散するに決まってるでしょ?

 自民党議員やその支持者たちは、ほんの1〜2ヶ月前には内閣支持率が急落してヒヤヒヤしていたはず。それが民進党のあれだの、北朝鮮のあれだののおかげもあってか、みるみるうちに支持率はV字回復。もう安倍首相は、民進党本部と北朝鮮にどれだけ感謝してもしたりないはず。足を向けて寝られないね。

 まあ選挙は自民党が勝つでしょう。現有議席は勝ちすぎだったから少し減るかもしれないけど、それでも与党で過半数は楽勝だと思うよ。安倍内閣は、まだまだ続きます。

 それが日本人の選択だもの。しょうがないよ。もっとも選挙になったら、僕は自民党には投票しないけどね。

投稿者: 服部弘一郎 カテゴリー: 日記

日馬富士を休ませてあげて!

写真:東京新聞

 日馬富士が今日で4敗目。1場所で4個の金星配給で、もうボロボロ状態だ。

 普通であれば序盤で3敗目を喫した時点で横綱休場となったはず。それができないのは、今場所は上位陣や人気力士の休場が多く、日馬富士が一人横綱状態になっているからだ。

 横綱がいるかどうかで興行の価値が違ってくる。今場所は何が何でも、日馬富士に頑張ってもらいたいという興行の事情もわかる。しかし、これはあんまりだろう。日馬富士が気の毒だ。

 横綱だって人間だから、調子のいいときも悪いときもある。調子が悪いときは休場して心身を整え、次の場所で横綱らしい相撲を見せてくれればそれでいいではない。今の状態で日馬富士を出場させ続け相撲協会には、横綱に対する敬意が感じられない。

 もちろん休むかよ住まないかは本人の意思もあるだろう。しかしこれは本人がどう言おうと、休場させるべき時に来ているのだ。後半戦は上位陣との対戦も続く。この状態で出場し続け、日馬富士が怪我でもしたらどうするんだよ……。

 日馬富士は心も体も傷ついているはずだ。大相撲を愛する人なら、こんな横綱を見ることに忍びないだろう。心の痛みを感じるだろう。お願いだから、日馬富士はもう休場させてやってほしい。

投稿者: 服部弘一郎 カテゴリー: 日記

ロボット時代の家事と余暇

 ロボット掃除機のルンバが我が家にやって来て、かれこれ3ヶ月弱になったので、感想を書いておこうと思う。

 購入したのはiRobot社のルンバ960で、ルンバシリーズの中ではハイグレードな部類の製品だ。これを選んだ理由は、スマホアプリに対応していて外出中でも操作できることと、掃除中にバッテリーが不足すると掃除機が自動的に充電ポートで追加充電して掃除を再開することができるからだった。

 しかし後者の機能は、今のところ使ったことがない。1回フル充電しておけば、住んでいる4LDKのマンションの全部屋を掃除してしまうからだ。日本の場合、おそらくほとんどの家庭で追加充電機能は必要とされないような気がする。

 現在は部屋中掃除して1時間前後なのだが、とりあえずそのぐらいならバッテリーは持つ。ただし長く使用し続けるとバッテリーが劣化してくるので、連続稼働時間が短くなるかもしれないけれど……。

 スマホアプリで外部から操作できる機能は、最近発売された下位機種のルンバ890690でも可能になっているのだが、我が家がルンバを購入したときは最上位機種のルンバ980と購入した960にしか装備されていなかった(と思う)。最上位機種のルンバ980は毛足の長いカーペットに対応した吸引力だが、我が家はフローリングなので960にした次第。

 ただしこのスマホアプリは、ルンバ900シリーズのものだけ、掃除した結果をマップにして表示する機能がある。これは外部でモニターできるし、何らかの事情でルンバが途中で止まってしまったときも、場所を探すのに便利だ。

 ルンバについては「買ったよかった」「もっと早く買っておけばよかった」と思っている。何よりいいのは、毎日会社に出かけて留守にしている間に、部屋中すべてを掃除しておいてくれることだ。これは便利だぞ! 我が家は週5日、平日の午前中にルンバが部屋中を掃除してくれる設定になっている。

 同じような生活家電としては、食器洗い乾燥機と洗濯乾燥機がある。これとロボット掃除機は、一度使い始めるともう手放せないのではないだろうか。(現在の住まいの食器洗い簡素機はマンションの部屋に備え付けのビルトインタイプで、じつはこれが少々使いにくくて不満ではあるのだが、それでもこれがないことはもう考えられない。)

 我が家は期せずして、ロボットが人間の仕事を代替していくロボットやAIの時代を少しだけ先取りしているようなものだ。そしてわかったことは、ロボットやAIは人間の生活を便利にするが、それはある面で、人間の生活から多様性を奪ってしまうということだった。

 我が家では洗濯乾燥機を使い始めてから、「洗濯乾燥機で乾燥までできるかどうか?」を基準にして衣類を購入するようになった。乾燥できないものや、乾燥させたくないもの(シワにしたくないシャツなど)は外干しするのだが、それ以外は基本的にすべて乾燥機で乾燥させてしまう。

 食器やカトラリーも「食器洗い機で洗えるか」が選択基準だ。食洗機は高温のお湯で洗うので、樹脂製の食器や漆器などは使えない。陶器も避けた方がいいものがある。こうして我が家からは、食器洗い機に使えない食器が少しずつ減っていった。

 ロボット掃除機については、今のところ大きな変化はない。しかし今後たとえばソファを買い替えるなら、掃除機が下には入れるように足つきのものにしようと思っている。掃除機の都合に合わせて、インテリアが変化していくわけだ。

 機械あれば機事あり、機事あれば必ず機心あり。便利な機械を使うようになると、人は機械の都合に合わせて生活するようになり、機械に合わせた生活はやがて人間の心も機械に合わせたものに変えていく。機械の都合に合わせて衣類や食器や家具を選ぶことで、人間は衣食住すべてが機械の都合に合わせて規格化されていくのだ。

 もちろん機械が家事を代行してくれることで人間が自由に時間を使えるようになり、そこで本を読んだり、映画を観たりするのは自由だ。機械が作り出してくれた余暇が、人間の生活を豊かにする。

 しかしその余暇で使う時間も、「Kindleの読み放題で読める本はどれか」とか「動画配信サービスで無料で観られる映画はどれか」という話になるなら、それはそれで機械の都合に合わせた生活のような気がするけどね……。

投稿者: 服部弘一郎 カテゴリー: 日記

北朝鮮の危機というフィクション

 今朝のニュースは9月に解散総選挙があるらしいとの話で持ちきり。民進党は新体制になってからボロボロだし、安倍内閣の支持率は再び上昇しているので、「今なら選挙をしても勝てる!」ということなんでしょう。

 ここまで各媒体が早期解散を書き立て報じているなら、間近の解散はもはや既定路線なんでしょうね。政権中枢の、かなり信頼できる筋から、情報が各社にリークされているんだと思います。

 しかし北朝鮮からミサイルが飛んでくるとか、北朝鮮で戦争が起きるかもしれないと言っている中で、選挙ですか? うへへへへ。大笑い。

 要するにこれって「北朝鮮危機」とやらが、実際には危機でも何でもないという証拠でしょう。北朝鮮有事が本当に迫っているなら、悠長に選挙なんてやってられないよ。北朝鮮の危機が実際にはそれほど差し迫ったものではないという認識があるからこそ、今こそ選挙だという気にもなる。

 まったく、語るに落ちるとはこのことだよ。

 結局のところ、北朝鮮危機なんてものはフィクションなのだ。官民揃ってフェイクニュースを捏造しているようなものだよ。安倍内閣がやっているのは、ありもしない北朝鮮危機とやらをあおって政権の支持率を引き上げ、選挙で勝って憲法改正でもやろうか……ということなんでしょう。

 しかし国民の多くは選挙になれば、やっぱり自民党候補に投票してしまうんだと思う。首相や閣僚が全国を飛び回って「北朝鮮の危機が迫っている中で野党に政権を渡せない!」などとがなり立てれば、なるほどそうかとうなずいて自民党に票を投じるわけです。

 北朝鮮のミサイル危機が起きたことで、安倍内閣を悩ませていた森友問題も加計問題もトップニュースから消えてしまった。安倍首相は北朝鮮に足を向けて寝られないでしょうね。まったく何という強運の持ち主か。しかしこうした「運の強さ」も、政治家の実力のうちなんでしょう。

投稿者: 服部弘一郎 カテゴリー: 日記

小さな習慣

 「小さな習慣」という本を読んだ。まあ一種の自己啓発本みたいなもので、ここに書かれている事を守れば人生が変わる!のたぐいだ。

 しかしここで説かれていることはすごく単純。「これから身に着けたいと思う生活習慣をバカバカしく思うぐらい小さな単位に分解して、それを毎日続けることの最低限のノルマにする」というものだ。

 例えば筋トレをやりたいと思っている人は、1日のノルマを「腕立て伏せ1回」にする。ノルマをこなした後は、それに何回オマケしてもいい。しかし1日のノルマは決して増やさない。「慣れてきたから腕立て伏せ10回にしよう」などと考えずに、ノルマは1回にしたままで、オマケを9回、あるいは19回、あるいは99回追加すればいい。

 読書も同じ。例えばノルマは「1日1ページ」とかにする。物書きなら「1日100文字は必ず書く」というノルマを決める。そしてこのノルマは必ず守る。そのかわり、調子がよければ1日2〜3冊の本を読んでもいいし、日に何千文字も書いたっていい。

 この本で述べられていることは、要するにそれだけのこと。他のページには、なぜこうした小さな習慣が大きな成果を生み出すのかや、小さな習慣にまつわる注意点が書かれている。

 これは実行するのがものすごく簡単なので、とりあえずだまされたつもりで、少し生活に取り入れてみてもいいなぁ……という気にさせられた。

 じつは僕はこれを読んで「15分読書」をはじめたのだが、この本の終盤で「欲張るな」と書かれていたので、読書のノルマは1日3分に短縮しようと思う。以前興味を持ってはじめたマインドフルネス瞑想も最近はすっかり滞ってしまったが、これも毎日10分ずつなどと欲張らずに、まず1日1分、そのかわり何があっても毎日続けることにしようと思う。

 こうした小さな習慣が身体に(脳に)刷り込まれて本当の習慣として定着するには、数ヶ月かかることもあるという。そんなわけで、結果は数ヶ月後にまたご報告します。

投稿者: 服部弘一郎 カテゴリー: 読書

暗証番号を忘れてしまった

 銀行のキャッシュカードでお金を引き出そうとして、暗証番号を完全に忘れてしまった。

 心当たりのありそうな番号を何度か入力したが全部はずれ。「このカードは使えません」と印字された紙切れと一緒にカードが吐き出されていたので、近日中にどこかの支店の窓口に行って暗証番号の再設定手続きをすることになるだろう。

 やれやれ。困ったもんだなぁ……。

 この口座は最近ほとんど現金の出し入れには使わず、もっぱら振り込みやカード使用料の引き落としに使っていた。手続きはすべてオンラインで行っていて、ATMでお金を引き出すようなことはなかったのだ。

 その結果、暗証番号を忘れてしまった。何だったかなぁ。

 考えてみれば、たった4桁の暗証番号で個人認証するというのもずいぶんと原始的なシステムで、最近はスマホでも指紋認証、最新のiPhoneは個人の顔で認証するようになっている。銀行のATMも、指先の静脈か何かで認証する仕組みがずいぶん前から使われているはずで……。

 あれっ? 僕が今回ダメにしてしまったカードは、ずいぶん以前に静脈認証していたような記憶があるんだけど、今回はなぜ暗証番号を求められたんだろうか? 同じ銀行の別のカードだったかな?

 暗証番号は以前ゆうちょの口座でも忘れてしまい、口座で確認手続きをしたことがある。今回の問題も、まあすぐに困るというものではないので、そのうち何とかしますけどね。あ〜あ。

投稿者: 服部弘一郎 カテゴリー: 日記

毎日の15分読書

 電車での通勤や通学と縁がなくなってから、毎日必ず読書をするという習慣がなくなってしまった。一応寝る前に少し読むようにはしているのだが、集中できなくてねぇ……。

 というわけで、いきなりだが「15分読書」というのをやることにした。これは毎日(毎朝)必ず15分時間を作って、読書をするというものだ。15分は他のことをせずに、集中して本を読む。これは「だいたい15分」ではなく、タイマーを使ってきっちり時間をはかる。

 15分というのは東京都内なら電車で4〜5駅分の距離。東京駅から中央線快速で新宿までが、ちょうど15分ぐらいだ。渋谷から山手線で田町までが15分。このぐらいの距離感だと、本はそれなりに読める。

 これを考えたのは、小学校などで「5分間読書」とか「10分間読書」などの取り組みをしていることを、以前新聞だかテレビだかで見たことがあるからだ。子供の読書週間をつけるため、あるいは集中力を付けるための取り組みなのだろうが、読書週間を失いかけている大人にも役に立つものだと思う。

 15分読書はその日のノルマで、それ以外の時間に本を読んでも構わない。少しまとまった時間が取れそうなら、15分読書をもう1セットやる。

 僕は寝る前の読書をやめて、寝る前の15分読書に切り替えた。これだとだらだら読書で夜更かししてしまうこともないし、寝ぼけまなこでだらだらと本の文字を追うこともない。これが習慣化するかどうかはまだわからないけれど、もう少し続けてみようと思っている。

 写真は最近その15分読書で読んだ「なごやじまん」。軽い本なので、15分読書には打ってつけでした。

投稿者: 服部弘一郎 カテゴリー: 日記