黒澤明と高倉健

 戦後の日本映画界を代表する映画スターの高倉健には、生涯に一度だけ黒澤映画への出演機会があった。それは『乱』(1985)の鉄修理(くろがねしゅり)という役だ。

 黒澤明は「鉄=高倉」というアイデアがとても気に入っていたようで、自作の絵コンテの中でも毅然とした鉄修理=高倉健の肖像画を描いている。だが結局、この話は流れてしまった。高倉健が同時期に準備中だった『居酒屋兆治』(1983)を優先したためだと言われている。

 完成した『乱』では、鉄修理の役を井川比佐志が演じている。決して悪くはないのだが、この役を高倉健が演じていれば、より迫力のある非情な戦国武将になっていたような気がする。

 だが僕は、「高倉健は『居酒屋兆治』を優先して『乱』を断った」というこの話を、最近になって疑うようになっている。高倉健は黒澤映画に出演することに、単に尻込みしたのではないだろうか。

 東映の大スターだった高倉健のことはどの映画現場に言っても、周囲のスタッフもキャストが「健さん」「健さん」と持ち上げてくれる。でも黒澤組に入れば、それはできない相談だ。それに『乱』の鉄修理は主役ですらない。主役は仲代達矢が演じる一文字秀虎で、鉄修理はその次男である次郎正虎(根津甚八)の腹心の部下という位置づけなのだ。

 「健さんはものすごくバリアを張る人で、ぜんぜん男らしくない。“男高倉健”はまったくの虚像です」と断言したのは、今年亡くなった俳優の松方弘樹だ。彼は『昭和残侠伝 吠えろ唐獅子』(1971)に出演して好演したのだが、その初号試写の際、主演の高倉健から演技を揶揄されたのだという。自分の映画で、若手である松方が注目されるのが気に食わなかったのだ。嫉妬して、焼き餅を焼いたのだ。(この話は「無冠の男 松方弘樹伝」に載っている。)

 高倉健は映画のイメージとは裏腹に、じつに繊細な心の持ち主だった。だから黒澤監督からオファーがあったときに、いろいろと考えることもあったのだろう。そして結局、この話を断った。

 もちろんこの時の高倉健は、押しも押されもせぬ大スターだ。しかも主役しか演じない大スターだった。東映から離れた後、高倉健には何本もの映画がある。しかしハリウッド映画の『ブラック・レイン 』(1989)や『ミスター・ベースボール』(1993)、ゲスト出演した『刑事物語』(1982)を除けば、高倉健は主演映画以外に1本たりとも出演していない。

 高倉健が『乱』で脇役として素晴らしい演技を見せれば、その後の彼の俳優人生はまったく違ったものになっていたかもしれない。映画出演の機会も増えて、特に晩年の俳優人生はずっと充実したものになっただろう。だが高倉健本人が、それを望まなかったのだ。「俺は今後も主役一本で行く!」というのが、俳優としての高倉健の選択だった。

 『乱』への出演を固辞した後、高倉健は『居酒屋兆治』の監督である降旗康男とコンビで何本もの映画を撮っている。その中には名作もあるだろう。だが「降籏&高倉コンビ」という安定した世界に閉じこもって、俳優として「いつもの高倉健」を再生産することで一生を終えてしまったような気もする。

 『乱』の鉄修理は、役柄としては『蜘蛛巣城』(1957)におけるマクベス夫人の男版みたいなものだ。高倉健が『乱』に出演していれば、『蜘蛛巣城』の山田五十鈴が忘れがたい印象を刻みつけたのと同じか、それ以上に凄まじいキャラクターになったかもしれない。だが『乱』に高倉健が出ていればと言うのは、『影武者』(1980)に勝新太郎が出ていればと言うのと同じ、映画ファンの夢想みたいなものだ。無い物ねだりなのだ。

 僕が『乱』に高倉健が出演しなかったのを惜しむのは、晩年の高倉健には脇役としてもっといろいろな映画に出演してほしかったと思うからだ。映画界における高倉健の大先輩俳優たち、例えば片岡千恵蔵や大河内伝次郎、嵐寛寿郎などは、晩年に膨大な数の映画に出演して若手のサポート役として貫禄の芝居を見せている。高倉健にも、そうした道を歩める可能性があったはずなのだ。『乱』はその大きなきっかけに成り得る作品であっただろうに。

投稿者: 服部弘一郎 カテゴリー: 日記

自分の肩書きについて

 文筆業にとっては、自分の肩書きをどうするかがいろいろと問題になることもある。何の資格も必要ない仕事なので、自分の名乗った肩書きが自分の職業名だ。

 僕はどうしているかというと、20年ぐらい前に会社を辞めて独立した時から、対外的には「映画批評家」と名乗っている。しかし実態としては文筆業全般であって、映画の仕事をすることもあれば、映画以外の仕事にライターとして関わることもある。それが広告の仕事であれば、コピーライターだ。

 映画会社に電話をする時は、「映画ライターの服部です」と名乗ることも多い。「映画批評家」はちょっと大げさな気がするからだ。まあ正直言って、このあたりはどうでもいい。「映画評論家の服部さん」と紹介されることもあるが、その場で訂正するようなことはまずない。本当に、どうでもいいんです。

 僕は出版社で編集者やアートディレクターの仕事をしたこともあるし、コピーライターとしても仕事をしている。テレビやラジオに出演して喋ることもあったし、専門学校で講師をしていたこともある。やれと言われれば何でもやるし、それが「文筆業」というやくざな商売だと思っている。

 で、最近の僕の名刺だけれど、これにはもう肩書きが入っていない。最初は「映画批評家」と入れていたような気もするが、いつからか入れなくなったのだ。

 文筆業の場合、肩書きは自分が名乗るものではなく、他人が決めるもののような気もしている。そこにあまりこだわるのもなぁ……と思うしね。

 ま、僕の場合は、そもそも最近はほとんど「物書き」としての仕事をしてないしね。仕事しないとなぁ。誰かお仕事ください(笑)。

投稿者: 服部弘一郎 カテゴリー: 日記

最低賃金は全国一律1,500円にすべきだ

写真:しんぶん赤旗

 15日に全国各地で、最低賃金の引き上げを求めるデモがあったという。

 以下に、しんぶん赤旗の記事を少し引用しておく。

「貧困なくせ、今すぐ最賃上げよ」。最低賃金の大幅引き上げを求めて15日、全国各地でいっせいに大宣伝、デモが取り組まれました。「いますぐ時給1000円、めざせ1500円」「地域格差なくし、全国一律最低賃金制の確立」をアピールし、大きな注目が寄せられました。

 注目すべきは「地域格差なくし、全国一律最低賃金制の確立」という部分だと思う。最低賃金の均一化は僕も以前から必要だと思っている。1,500円という金額が妥当なのかどうかは別としても、これはぜひとも早急に手を付けるべきものだと思っているのだ。

 この問題については以前もブログで書いたので繰り返しになってしまうのだが、最低賃金を全国一律にしなければならない理由の要点は以下のようなことになる。

  • スーパーでもファストフードでも、あるいは他の仕事でも、地方と都市部でパートやアルバイトの仕事内容は変わらない。同じ仕事をしているなら、同じ賃金を支払うべきだ。
  • 地方の方が物価が安いわけではない。スーパーもファストフードもファストファッションも、ほぼ全国一律の価格設定になっている。
  • 地方の方が地価が安く賃貸アパートやマンションの家賃が廉価なのは事実だが、単身者向けのワンルームマンションなど小規模な物件ではそれほど大きな価格差が付くものではない。
  • 地方では公共交通機関が貧弱で、移動に車やバイクなどが必要になることが多い。都市部に比べるとその分だけ生活は高コストになる。
  • 支出は都市部と変わらないのに収入だけが「地方だから」という理由で少なくなれば、地方での暮らしは貧しいものになる。
  • 地方の暮らしが貧しければ、労働者は仕事と豊かさを求めて都市部に出てくる。結果として地方は過疎化と高齢化が進んでますます疲弊し、都市部は労働人口が増えて賃金が上がりにくい状況が生まれる。

 現在、都市部と地方との賃金格差がどのくらいあるかは、厚労相が発表している最低賃金の一覧を見ればすぐにわかる。

 最低賃金が最も高いのは東京の932円で、最低は沖縄と宮﨑の714円だ。差額は218円。沖縄から見ると、東京は3割以上も賃金が高いことになる。

 「最低賃金を上げろ!」という声に対してはしばしば「それだけの能力を身につけろ!」という反論があるのだが、もしその反論が正しいのだとすれば、東京のアルバイトは沖縄で同じ仕事をしている人より3割以上高い能力を有していなければならない理屈だが、そんなはずはないだろう。

 沖縄のマクドナルドも東京のマクドナルドも仕事の内容は同じで、同じような人たちが働いている。沖縄のマクドナルドで働いている人は、東京の店舗でもほぼ同じように働けるはずなのだ。でも賃金は、東京に行くと3割余計にもらえる。

 沖縄や宮﨑の最低賃金714円で、1日8時間のフルタイム労働を1ヶ月22日間続けたとする。月収は12万5,664円だ。同じ仕事を東京ですれば16万4,032円になる。差額は3万8,368円。1年で46万416円の差が付く。

 「沖縄の方が家賃は安いはずだ」と言うなら、ネットで賃貸マンションを検索してみればいい。最寄駅から徒歩10分以内、単身者が住むことを想定して1Rか1Kの物件で、築15年以内という同一条件で比較すると、じつは東京23区内も沖縄の那覇市も家賃はそれほど変わらないのだ。

 地方の最低賃金を低く抑えているのは、地方の労働者がそれで十分に生活できるからではない。生活は苦しい。貧しさを強いられる。それでも賃金を低く設定しているのは、人を雇う側である地方の事業者に配慮してのことだ。地方の事業者が従業員に東京と同じ賃金を払っていたら、事業が成り立たないことが多いということだろう。

 最低賃金は労働者のために決められているわけではない。それは事業者の都合で決められている。ならば労働者ができることは何か。それは賃金のいい地域に移動して仕事をすることだ。結果として、都市部に人が流れてくることになる。当たり前だ。地方で仕事をしても食っていけないなら、同じことをして食える場所に行くしかない。

 ニュースでは地方創生担当大臣の問題発言が物議をかもしているのだが、博物館や美術館の学芸員に観光マインドを求めよりも、地方の最低賃金を東京と同額に引き上げる方が地方は活性化するだろう。何なら東京の最低賃金を若干下げることを考えたっていい。

 最低賃金の上昇は、人件費の暴騰を意味する。各事業所はドラスチックな事業改革を進めないと生き残れなくなる。ここから本格的に、日本の働き方改革がはじまるのだ。ただでさえ人件費が高騰するのだから、だらだら残業などさせれば人件費だけでパンクしてしまう。何が何でも定時内に仕事を終わらせ、しかも生産性を上げなければならない。淘汰される事業者も多いが、逆にこれで元気になるところも増えるだろう。雇用市場は一気に流動化し、人手不足は解消される。産業界にとって、これは悪いことばかりではないはずなのだ。

 最低賃金は全国一律でまず東京と足並みを揃えよう。まず932円だ。次にそれを、1年ごとに引き上げていく。最初は1,000円。次は1,100円。さらに1,200円。1年に100円ずつベースアップさせれば、5年で1,500円になる。もちろんインフレにもなるだろう。でもそれが悪いことだろうか?

 インフレになれば、政府の税収は増えるが借金の返済は実質的に目減りする。高齢者に支払っている年金を据え置けば、年金支給を減額したのと同じ効果が生まれて、所得の若年層への転移が起きるではないか。年金暮らしをしている高齢者も、年金が実質減額になればまた働こうとする動機付けになる。働けば最低賃金は支払われるので、これは悪い話ではない。

 アベノミクスの異次元の金融緩和で通貨供給量を増やしても、庶民のところまでお金が届いていないのが現状だ。だが最低賃金の引き上げは事業者から無理矢理お金を引き出して、実際に働いている人たちにお金を届ける効果を生み出す。悪い話ではないと思うんだけどなぁ……。

投稿者: 服部弘一郎 カテゴリー: 日記

発達障害の子供について

 最近はあちこちで「発達障害」という言葉を見かけることが増えた。

 大きなカテゴリーとしては、広汎性発達障害(PDD)、注意欠陥・多動性障害(ADHD)、学習障害(LD)、自閉症スペクトラムがあるらしい。学校では新学期も始まったことだし、小学校に上がった子供について学校から「落ち着きがなさ過ぎるので発達障害かもしれません。一度お医者さんに診断してもらってください」などと言われる家庭も少なくないと思う。

 発達障害については、「最近になって増えている」と言う人もいる。子育て環境の変化なのか、環境ホルモンなのか、テレビゲームのやり過ぎなのか知らないが、昔は存在しなかった発達障害の子供がぞろぞろ出現しているという説明だ。

 しかし僕自身は、それは違うだろうと思っている。発達障害の子供は昔からいたけれど、それをことさらに問題にしなかっただけなのだ。

 例えば僕は、今なら確実に発達障害だと言われたに違いないのだ。授業中は落ち着きがなく、おしゃべりしたり、周囲の子にちょっかいを出したり、教科書やノートや机に落書きしたりしていた。運動神経が鈍く、団体行動が苦手で、協調性がなく、人間関係に対しては淡白だった。

 宿題はやらないし、授業もろくすっぽ聞いてない。それでいて得意な教科は常に100点満点。しかし嫌いな教科は見向きもしない。気分屋で機嫌が良ければ調子いいが、突然不機嫌になって癇癪を起こすことがあった。他人の気持ちに鈍感で、無神経な発言でしばしば他人を傷つけたり、不快にさせたりしていたようだ。

 学校では常に問題児だから、小学生の頃から何度も親が学校に呼び出されている。素行が悪いとか、不良とつるんで非行に走っているとかではない。とにかく態度が悪くて、他の子供と同じことができない。僕だけ学校で浮いていたのだ。

 写真は僕が小学校2年生の時の連絡帳に、担任の先生が書いた家庭への申し送り事項だ。当時は僕のような子供は「家庭のしつけが悪い」ということになっていた。だから先生は親を責めるし、親もほとほと困り果てていた。僕はすぐ下に弟がいるのだが、親としては同じように育てているつもりなのに、僕だけが学校で札付きの問題児だったからだ。

 でも昔は、そういう風変わりな子はクラスに一人や二人は必ずいたんじゃないだろうか。(当時は小学校の1クラスが50人ぐらいでしたけどね。)でもそれは「変わった子」だとは思われていたけれど、「発達障害」なんて言葉で呼ばれることはなかったのだ。

 「発達障害」というのは、ここ10年か20年ぐらいで一気に広まった言葉だと思う。その結果、それまで「普通の子」の中に紛れていた「変わった子」や「困った子」「手のかかる子」が、「発達障害」というグループにカテゴライズされるようになったのだ。

 しかしこれによって、誰にどうメリットがあるのかはよくわからない。発達障害は何らかの治療によって「治る」ものではないので、その人が抱えているある種の個性として、本人も周囲もそれを受け入れて行かざるを得ないのではないだろうか。(発達障害の治療と称するものも、結局はその障害と周囲の環境の間でどう折り合いを付けていくかを調整するものだろう。)

 教室の中の「手のかかる子」に「発達障害」という名前を付けることで、学校の教師は「障害があるんだからしょうがない」と早期にサジを投げられるというメリットはあるのかもしれない。親の側も「家庭でのしつけがなってない!」などと責められることなく、「これは生まれつきの障害だから親は関係ないんです」と言えるのかもしれない。でもそれによって、発達障害を抱えた子供自身が幸福になるのかどうかはわからない。

 僕は最近になって「自分はある種の発達障害だったんだろうなぁ」と思うようになったわけだが、だからといってどこかで正式に診断してもらったことはない。いいじゃないか、それでも。

 世の中には「発達障害の有名人」なるリストがあって、そこではアップル創業者のスティーブ・ジョブズや、マイクロソフトのビル・ゲイツも、アインシュタインも、エジソンも発達障害だったなどと書かれている。でも彼らは必ずしも、医者にそう診断されたわけじゃないと思うよ。人並み外れた何らかの偉業を成し遂げた人には、多かれ少なかれ規格から外れた性格の偏りというものがあり、それについて後から「あれは発達障害だ」と言っているだけのような気もするんだけどな。

 もちろん周囲の環境に適応できなくて著しく生活が困難な人には何らかの支援が必要だと思うけど、そうでないなら「変わった子」「困った子」「手のかかる子」という曖昧なカテゴリーをフル活用してもいいような気がする。これは「大人の発達障害」についても言えることで、世の中には「変わった人」や「困った人」「手のかかる人」がいてもいいと思うのだ。それを何からの方法で矯正したり訓練したり調整したりして「普通」の枠内に押し込んでしまうのは、世の中を貧しくしていくだけのような気もするんですけどね……。

 だって中学生か高校生のスティーブ・ジョブズが発達障害の治療を受けて「普通にいい感じの人」に育ったら、世界初のパソコンは絶対に作れなかったと思うし、MacintoshもiPhoneも世の中に出てなかったと思うもんね。もちろん世の中にはジョブスほどの才能が無い、単に社会に適合できないだけの「困った人」はたくさんいるわけだけど、ジョブスの才能はそうした無数の「困った人」を許容する環境があってこそ花開いたものなんじゃないかな。

 というわけで僕は世の中に無数にいる、傑出した才能なき「困った人」のひとりとして、容易に「発達障害」という言葉を連発する今どきの風潮に異議をとなえたいと思う。

投稿者: 服部弘一郎 カテゴリー: 日記

易占は必ず当たる

外為どっとコム:ドル円日足チャート

 毎朝「本日の卦は?」という占問で易を立てるようになって、だいたい1ヶ月ぐらいになった。まだまだ勉強ははじまったばかりだが、易の奥深さに気づかされることは多い。

 まあそういった話はともかくとして、今回は「易はなぜ当たるのか?」という話をしようと思う。

 易は占いの術であって、古くから未来の出来事を予知したり、情報が取れない遠隔地の出来事を予測したりするために用いられてきた。

 占術としての易には最近あまり人気がないが(僕もこの方面にはじつはあまり興味かない)、何千年にもわたって易が占いとして用いられてきたのは、易が占術として優れていたからだろう。つまり「易は当たる」のだ。

 この場合の「易は当たる」というのは、易を使えば必ず未来の出来事がわかるという意味ではない。易というのは筮竹やコイン、あるいはサイコロなど何らかの手段を使って、占問の答えが易経に示されている六十四卦のどの項目に書かれているかを引き出すものだ。しかし易経にはほとんどの場合、占問とは直接関係がない言葉が並んでいる。その言葉をどう解釈するかが、易占者の腕の見せ所になる。

 過去の歴史の中で「易の名人」と呼ばれた人たちは、すべてこの「易経の解釈」が上手な人たちだったのだ。

 「易は当たる」というのは、解釈の結果の答えが当たるという意味ではない。その前の段階で示される六十四卦が、必ずその時の占問に対する正しい答えを示しているという意味だ。その解釈を間違えれば、占いとしては外れることもある。しかし結果を見てから示された卦に戻って解釈し直すと、「なるほどこの卦は正しい答えを示していた。しかしそれを読み間違えた結果、間違った答えを出してしまった」ということになる。

 これは相場の考え方にちょっと似ていると思う。貼り付けた画像は円相場のチャートだが、世の中にはこうしたチャートだけを見て為替を売買し、きちんと利益を出す人がいるようなのだ。もちろん予想がはずれることもあるのだろうが、その時は「なぜ予想を読み違えたのか」を考えてチャートを見直すと、その答えはちゃんとチャートの中に隠されているのだと言う。結果を見てから後知恵の解釈をすれば、チャートは常に未来を正確に指し示している。

 結果を見てから後知恵の解釈をすれば、易占によって示された結果は常に正しい。これが「易は当たる」ということだと思う。

 その証拠となるものは、易の歴史の中に登場する占例のエピソードの中に何度も登場する。それは示されたひとつの卦に対して、複数の解釈が生まれるという事例だ。ある占問に対して、易者Aが何らかの解釈をする。易者Bはそれを間違いだと言って、理由を示しながら自分の解釈を告げる。結果としてBの解釈が当たり、Bはこれほどの名人だったという話に落ち着くのだ。

 これは同じ卦から複数の解釈が生まれ、ひとつは外れ、ひとつは当たったのだから、当たる確率は半々だ。しかしこの手の話は、「だから易は当たる」という実例として紹介される。外れる解釈があることより、そこに示された卦が、結果として正答を得ていたことが大事なのだ。

 というわけで、「易は必ず当たる」というのは事実だと思う。ただしそれは、「易は正しい解釈をすれば当たる」ということだし、外れたとしてもそれは「卦の解釈が間違っていた」だけだから「易が当たらない」ことの証拠にはならない。別の人が解釈すればそれは必ず正答を得ていたはずで、易に間違いはないのだ。

 まあバカバカしいしズルい話ではあるけれど、占いとしての易はこうした「無謬性」によって支えられ、何千年もの時を越えてきたのだと思う。

投稿者: 服部弘一郎 カテゴリー: 日記

名古屋に引っ越してそろそろ1年

 東京から名古屋に引っ越して来て、そろそろ1年になる。

 一番心配していたのは子供が新しい環境に馴染むかだったのだが、子供は順応が早くてびっくり。今では名古屋弁(というほどでもないけど名古屋の地元の言葉)で喋っている。

 引っ越してくる前は「名古屋は車社会だから自動車がないと大変だよ」と言われていたのだが、住まいは最寄駅まで3分の距離。名古屋駅、栄、名古屋城、大須、金山など、名古屋の中心部には自転車で行ける距離だ。車がなくてもまったく困らない。電車や地下鉄が東京に比べると割高に感じるので、よほどの事がない限りは徒歩か自転車での移動だ。

 東京は土地の高低差があまりなくて自転車移動は楽だったのだが、名古屋の中心部はそれ以上に高低差がないように思う。道路もよく整備されていて自転車道が付いている道が多いし、街の中心部でも歩道脇に駐輪場が整備されている。

 引っ越して来た直後に「名古屋は日本で一番魅力のない都市」という調査結果が発表されたりしたのだが、暮らす場所としてはすごく良いと思う。でも観光地としては、やはりどうかなぁ……。

 僕は映画と本さえあれば生きていけるのだが、映画館は自転車で通える範囲にシネコンが数カ所あり、独立系の映画館もいくつかあるので、それほど困ることはない。ただ試写を観るのは難しい。業務試写がないわけではないのだが、東京ほど便利ではないのだ。新作映画を追いかける仕事は、名古屋では難しいと思う。一応「映画批評家」という仕事は続けるつもりだが、他の仕事の比重が大きくなると思う。

 本については、街の中心部まで行けばジュンク堂や丸善などの大型書店がいくつかある。でもたいていAmazonで買ってますけどね。まあこのへんは、東京にいた時とあまり変わらないかも。

 名古屋の印象を一言で言えば、「まだまだ伸びしろがある都市」というもの。東京だと新しい施設を建てるのに、既存の施設を取り壊してから新設する必要があるが、名古屋は中心部にもたくさん空き地があるし、使われていない古い建物も多い。

 東京の再開発は2020年のオリンピックがピークになるのではないだろうか。名古屋は2027年にリニアが開通するので、そのタイミングに焦点を合わせた開発が進んでいる。当面はやはり名古屋駅周辺だろう。既に駅周辺は急速に開発されて大型商業ビルが林立しているのだが、この動きが周辺の他の地域にも広がっていけば名古屋の風景は一変すると思う。

 名古屋の中心部と言えば栄なのだが、名古屋駅周辺の開発ラッシュで、最近はちょっと存在感が薄くなっているかもしれない。

投稿者: 服部弘一郎 カテゴリー: 日記

イースターは「良いスタート」の日

 4月16日の日曜日はイースター(復活祭)だ。イースターは日本に絶対に定着しないと思っていたのだが、きゃりーぱみゅぱみゅの新譜「良すた」が出たので、ひょっとすると風向きが変わるのかも……と思い始めている。

 イースターが日本に定着しない理由は、以前ブログにも書いている。日付が毎年コロコロ変わること、日本では同時期に他の行事が多いこと、商業展開しようにも具体的な商材と結びつきにくいことなどだ。

 イースターは一番早ければ3月22日、遅ければ4月25日になる。これを確認するには教会歴のカレンダーが必要なのだが、既に何十年後までの日取りが既に明らかになっているので、イースターが日本でもポピュラーな行事として定着していけば、カレンダー屋や手帳屋が日取りを印刷してくれるようになるだろう。

 きゃりーぱみゅぱみゅの「良すた」はキリスト教の復活祭とはまったく何も関係ないのだが、この時期に「新しいスタート」を迎える人々に対する応援歌のような体裁になっている。「イースター」は「良(い)いスタート」なのだ。

 イースターの時期には日本に既存の行事がぎっしり詰まっているのだが、これらも結局はすべて「新しいスタート」や「一面の節目」を記念したり祝ったりするものが多い。卒業や卒園はひとつの季節が終わり、新しい何かを待望する時であり、新年度や新学期、入学、進級、就職などは、文字通りの新しいスタートにあたる。

 春の花見にしても、日本ではそれを「冬の終わり」ととらえ、桜の時期が終わって葉桜になればそれはもう「初夏」のはじまりになる。「イースター」を「良いスタート」に読み変えたのは、結構いい線なのではないだろうか。

 こうしたキリスト教行事の「読み変え」に違和感を持つ人もいるかもしれないが、伝統的なイースターの習俗にしても、イースターは「新しいスタート」の意味を含んでいたのだ。例えばイースターエッグは「命の誕生」を意味する物だし、イースターバニーは「多産の象徴」であり「新たな命」の芽生えの象徴だった。「イースター・パレード」は、もともとイースターの時期に服を新調した人たちが町を散歩するという習慣だ。これも「新しいスタート」と結びついている。

 「良すた」がこの季節の定番ソングになるかどうかは不明だが、イースターが日本で商業化されるとすれば、3月末から4月にかけての「新年度」「新生活」「新スタート」をひっくるめたものになるのかもしれない。それは必ずしも伝統的なイースター像とは離れていないと思う。

投稿者: 服部弘一郎 カテゴリー: 日記

五十の手習い

 昔から字が汚いのが気になっていたので、この年になって字の練習をすることにした。

 手本を見ながらノートに書き写すという、小学生がやるのと同じ練習法だ。買ってきたのはジャポニカ学習帳の漢字練習ノート。

 50文字の大きなマスのノートは、特定の漢字を反復練習するのに使う。少し文字が小さくなる84文字のノートは、長い文章を書き写すのに使う。筆記具は鉛筆、またはボールペン。

 書き写すテキストとしては、とりあえず「千字文」を考えているのだが、まあこんなものは「般若心経」でもいいし、いろは歌でもいい。とりあえずこれは、手本になるテキストが届いてから考えようと思う。

 (「般若心経」は文字数が少なくて、最初にチャレンジするには良いかも。「千字文」は1,000文字だが、「般若心経」は本文だけで266文字しかない。)

 最初に練習を始めたのは、おそらくあらゆる人にとってもっとも手書きをする機会が多そうな漢字だ。それは自分の名前。これがある程度書けるようになったら、次は住所にチャレンジしようと思う。

 僕の場合は名前が漢字で5文字。住所は「愛知県名古屋市」からはじまって、区名、町名、丁目、番地、号数、マンション名、室名など、カタカナや漢数字なども交えつつ、さて何文字ぐらいになるのかな……。

 子供の頃から書いていた漢字の中には、そもそも書き順から間違っている物がいくつもある。僕の場合は平仮名や片仮名もかなり怪しい。やばいです。

 書き方の手本としては、辞書の印刷に使われている「明朝体」や「ゴシック体」は使えない。これはデザイン上の制約や約束事で、筆写には使われない装飾が施されていたり、筆写に必要な要素が省略されていたりするからだ。

 手本に使える書体は「楷書体」や「教科書体」。しかしこれらを見ても筆順はわからないので、とりあえず自分の名前と住所については筆順字典を見ながら一画ずつ覚えて行こうと思う。

 仕事でも何でもないことだけど、この年になってこんなことをはじめるのは一種の趣味でしょうかね。でも子供の連絡帳を書いたりする時も、字が汚いと恥ずかしいもんです。趣味が半分、実用が半分みたいなものかな。

投稿者: 服部弘一郎 カテゴリー: 日記

人口激減時代を迎える日本

推計グラフは毎日新聞より

 国立社会保障・人口問題研究所が、『日本の将来推計人口(平成29年推計)』を発表したのに合わせて、各マスコミが内容を報じている。

 この推計は5年ごとの国政調査のデータをもとに作っているそうで、今回の発表は2015年の調査をもとにしたものだった。それによると、調査があった一昨年1億2,700万人だった日本の人口は、50年後の2065年に8,800万人まで減少する。なんと3割以上の減少だ。

 安倍政権は「50年後も人口1億人維持」を日本の成長戦略に不可欠なラインとしていたが、これはとても実現できない。ちなみに今回の8,800万人という推計値は、5年前の推計値に比べるとかなり楽観的な数値になっているのだ。5年前は2065年の人口を8,135万人と推計していた。この5年で若干出生率が改善したので、これを上方修正して600万人以上も積み増したのだ。

 しかし1億人はまるで無理。そんなものは夢のまた夢だ。日本は今後ゆるやかに、場合によっては急速に、経済が縮小して衰退して行くだろう。

 こういう話をすると、「人口と経済は関係ない!」と言い張る人が現れる。人口8,800万人は、1950年代から60年代にかけての人口と同水準だ。しかしその時代の日本は、まさに高度経済成長のまっただ中ではないか。三種の神器だの新三種の神器だのを求めて、人々はがむしゃらに働いて、消費活動に邁進した。人口減少恐るるに足らず。そもそも日本の人口は多すぎたのだ。多少減るぐらいでちょうどいい。

 だがこうした意見は、人口だけを見てその中身を見ていない。高度経済成長時代の日本は、若年人口が多く、子供も多かった。高齢者なんてごく一握りだ。高齢者がごく一握りしかいなかったからこそ、高齢者は尊ばれ、社会から大切にされたのだ。

 しかし2065年の日本は違う。高齢者は人口の4割を占めるようになる。子供が1割。15歳から65歳の生産年齢人口は全体の半分しかいない。

 人口問題研究所の人口推計は、出生率を1.44で固定している。しかしこれは大甘なのではないだろうか。高齢者が増えてその社会負担が増していけば、現役世代は世代間扶養の負担を少しでも減らすために、子育てを回避するようになると思う。

 高齢者は減らせない。今日の現役世代は、明日の高齢者だからだ。しかし子供の数は減らすことができる。結婚しない、子供を作らないという選択をすれば、社会全体の子育て負担は軽減できるからだ。僕の感覚としては、出生率は今よりもっと減っていくと思う。

 日本の労働者不足もずっと深刻になるだろう。既に「後継者がいない」という理由で事業を精算する会社は多くなっているのだが、今後はそれが加速していくはずだ。どこもかしこも人手不足になるが、高齢者が多い社会では全体の生産性を引き上げることができない。経済が拡大傾向にあれば雇用条件を引き上げて新しい人材を確保できるが、経済が縮小していく中では労働者に好条件を示すことなどできっこない。人口減少と高齢化は、日本の経済活動の大きなブレーキになる。

 「AIやロボット技術で人手不足は解消できる!」というのも、楽観的どころかお花畑的な妄想だと思う。そもそもこうした最新技術で、日本は世界のリーダーとしての位置に立っているわけではないだろう。仮に日本がこうした先進技術のリーダーになれたとしても、これらの技術はグローバルなものなので、日本一国で独占できるわけではないのだ。AIやロボットの技術が日本で誕生したとしても、それを買って経済成長するのは日本以外の新興国になるのではないだろうか。

 ことさら悲観的なことを言っているつもりはなく、これは人口推計から見えてくる「やがて確実にやってくる未来」の話をしている。日本はそれに備えて準備をしておくべきだと思うのだが、今の政治家にはその期待が持てそうにない。

 政治家はあまり不景気な話をしたくないのだ。国会議員は「50年後の未来」より「次の選挙」の方が大事だ。有権者に対して「日本は経済縮小していくのでそれに備えておこう」という話をするより、「日本経済は立て直せる。出生率も引き上げられる。何も問題ない!」という話をする方がウケがいい。特に高齢層のウケがいいから、政治家は「かつての好景気をもう一度」という話ばかりしている。

 やれやれ、困ったもんだよ。どうすりゃいいんだろうねぇ……。

投稿者: 服部弘一郎 カテゴリー: 日記

サイコロを使った占筮の方法

占筮に使っているサイコロ

 占筮(易占)には正式には筮竹を使う。筮竹は長さが30センチから45センチぐらいの竹の棒が、50本セットになっているものだ。これは購入しようとするとそれなりに高価だし、保管に場所も取りそうなので、僕はサイコロを使っている。

 筮竹の代用品としては、コインを使った方法(擲銭法)が良く知られている。僕も何度かやってみたが、コインがよく混ざり切らなくて似たような卦が出ることが多いような気がして止めてしまった。

 僕自身が現在どのようにして占筮を行っているかを、自分自身の記録も兼ねて簡単に書いておく。

 サイコロを使う易占では、サイコロを3つ(色違いの8面体のサイコロ2つと6面体のサイコロ1つ)使って一度に大成卦と変爻を出してしまう方法があり、専用のサイコロも売られている。小成八卦には1から8までの数字が割り当ててあるので、8面サイコロのどちらかを内卦、もう一方を外卦と決めておけばいいのだ。(易占用サイコロでは8面それぞれに八卦の名前が書いてある。)6面サイコロは変爻を出すのに使う。

 これは筮竹を使った「略筮法」をサイコロで代用したものだ。占いで生計を立てている易者も多くの場合は略筮法で易を立てているようだから、この方法でも占いには使えるのだ。この方法だと、毎回必ず1つの変爻が出て之卦が示される。(略筮法は内卦と外卦を2回の操作で出すのだから、8面体のサイコロを2回振って内卦と外卦を出し、その後で6面サイコロを振ってもいいと思う。)

 しかし僕はこの方法を取らず、サイコロ1回ずつの操作で、初爻から上爻まで、順番に6つの爻を出している。これは筮竹を使った「中筮法」を、サイコロで代用したものだ。サイコロを6回振り終わった時点で、示された6つの爻の中に老陽や老陰などの変爻があれば、そこから爻辞や之卦も出てしまう。

 しかし中背法では変爻が出ないこともあれば、複数の変爻があって爻辞が役にたたないことも多い。(複数の変更があった場合は、本卦と之卦の卦辞を参考にする。)変爻なしは易占の言葉としてひとつの卦辞しか使えず、解釈の幅はそれだけ狭まってしまう。僕自身はそれも勉強だと思っているが、職業的な占い師が略筮法を用いるのは、必ず変爻が1つだけ出て爻辞が占いに使えるというメリットがあるからかもしれない。

 サイコロを使った中筮法だが、やり方は2つある。ひとつは6面体のサイコロを一度に3つ使う方法だ。易では奇数が陽で、偶数が陰になる。そこで、サイコロを振って奇数の目が多ければ陽爻、偶数の目が多ければ陰爻にする。サイコロが3つとも奇数なら老陽、3つとも奇数なら老陰だ。

 もうひとつの方法は、8面体のサイコロを1つ使う。1が出れば老陽、4・6・7なら少陽、2・3・5なら少陰、8が老陰になる。こうした数字と陰陽の対応関係は、中筮法で用いているものをそのまま利用している。8面体のサイコロは手に入れにくいかもしれないが、サイコロ1つで占えるのはシンプル。僕は最近、この方法を用いることが多い。

 サイコロを使った占筮の方法としては、他にも6面体のサイコロ1つだけ使う方法がある。サイコロを振って奇数なら陽爻、偶数なら陰爻とし、6回の操作で大成卦ができた後に、もう1度サイコロを振って変爻を出す方法だ。僕はやったことがないのだが、6面体のサイコロは100円ショップなどでも簡単に手に入れられるので、この方法もひとつのやり方だと思う。

 プロの易者は出した卦を算木で表示するのだが、僕は方眼ノートにボールペンで記入している。ここまでできたら、あとは「易経」を取りだして該当する卦の卦辞や爻辞を読み、示された卦の解釈を考えるのだ。

 僕は岩波文庫の「易経」上下巻と、朝日選書の「易」を利用することがほとんどだが、旅行の時などにこれを全部持って行くのはかさばるので、どうしようかと今から思案中だ。(岩波文庫だけ持ち出すことになるのかな。)

投稿者: 服部弘一郎 カテゴリー: 日記