2週間ぶりの教会訪問

餃子太郎の野菜タンメン
Apple iPhone 8 ƒ/1.8 1/15 3.99 mm ISO 100
沢地萃

 本日の卦は、沢地萃(たくちすい)の無変爻。

 萃は、亨る。王有廟に仮(いた)る。大人を見るに利ろし。亨る。貞しきに利ろし。大牲を用いて吉なり。往くところあるに利ろし。

 萃は「あつまる」という意味。人々が集まり、親しみ、喜び、人々の心がひとつに集まる。卦辞はなぜか「亨る」が2回出てくる。よほど強調したいのだろうか。「利ろし」は3回も出てくる。賑やかで、おめでたさが集まっている。

 午前中は教会。江東区千田のクロスロード・インターナショナル教会。カジュアルでアットホームな雰囲気の教会で、礼拝出席者はオンライン参加含めて20人前後だろうか。

 「主の祈り」や「使徒信条」などの、定型の祈りや式文はない。伝統的な賛美歌ではなく、ポップスのようなメロディラインと現代語歌詞の賛美を用いる。牧師も普通のカジュアルな日常着。教会を訪れる信徒たちも同じく普段着なので、僕がアロハシャツでもさほど浮いた感じはしない。

 こうした自由で現代的な雰囲気に、親しみを感じる人もいるのだろう。教会の厳めしい、鹿爪らしい雰囲気が苦手だという人は、こうした教会が合っているのかもしれない。ただ、僕は教会に別のものを求めている。それは日常と切り離された、「教会の中の時間」に触れることだ。そこに触れることで、月曜日から続いている日常の時間は一度途切れて、生活がリセットされる。

 教会に求めるものは人それぞれだし、とくに「信仰」という面から見るなら、それぞれの信徒が自分に一番しっくり感じられる方法で、祈ったり賛美したりする場を持てるのが一番だ。信仰すら持たぬ部外者が、それについて何か論評する必要はない。ただ自分にとっては、求めてるものと違うなぁ……というだけの話。

 礼拝後は近くの街中華で、タンメンと半チャーハンのセット。タンメンは久しぶりに食べたが、街中華のタンメンではずれを引くことはまずない。ここも美味しかった。少しのびかけた黄色っぽい麺が、どんぶりの中でくっついて丸まっているのをハシでほぐしながら口に運んでいると、いかにも街中華のタンメンを食べている感じがする。こういう、一見するとマイナスポイントになりそうな部分も含めて、僕はタンメンが大好きなのだなぁ……。

 帰りに久しぶりに映画を観ることも考えたが、今日はパスして帰宅。

 夕方からBSで「鎌倉殿の13人」を見る。戦場の不世出の英雄からあっと言う間に落ちぶれていく義経に、ひどく同情してしまう。頼朝も義経も互いに和解を望んでいるのに、周囲の思惑やボタンの掛け違いで、どんどん話がこじれていくという悲劇。

投稿者: 服部弘一郎 カテゴリー: 日記

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