きれいに晴れたが午後は曇り空

森林公園金川の森
OLYMPUS CORPORATION E-M10 Mark III ƒ/10 1/250 42 mm ISO 200
水火既済

 本日の卦は水火既済(きせい)の無変爻。帰省中に既済の卦が出るという、ダジャレのような占筮結果。

 既済は、亨ること小なり。貞しきに利ろし。初めは吉にして終りは乱る。

 易占は変化を見ていく占い。変化の過程で、良いことが起きたり、悪いことが起きたりする。易占はアクションのダイナミズムを観察するのだ。

 しかし「既済」の卦はすでに出来上がってしまっているので、これ以上何かがどうなるというものでもない。すっかりできあがってる酔っ払いがさらに酒を飲んでも、翌日の普通酔いがひどくなるだけで、今この時により酩酊が進むわけでも、気分が良くなるわけでもないのと同じだ。

 酔っ払いが深酒して酩酊が進んだり気分が良くなっても、その変化は外から見ればごくわずかなもの。だから亨ること小。十分に酔ったなら、そこでストップ。貞しきに利ろしだ。でないと今は気分が良くても、翌日はひどいありさま。悪ければ急性アルコール中毒で病院行きだ。初めは吉にして終りは乱る。

 朝からよく晴れて、遠くの山々までスッキリときれいに見える。午前中は墓参り。帰宅してから、車で近所の公園に出かけて帰宅。そのまままた車で買い物に出て帰宅。田舎の暮らしは、いちいち車がないと成り立たない。自家用車が普及するまでは、みんなどうしてたんだろうか?

 おそらく生活に最低限必要なものは、歩いて行ける近所の小商店で購入できたのだ。今はシャッターが降りて昔日の面影がないが、田舎町にも数件の商店が並ぶちっぽけな商店街があった。近所には学校がある。学校があれば文房具や教材を扱う文具店や書店、体操着を商う洋品店がある。

 そこにはご近所全員の頭を刈っている床屋がある。美容院がある。特定郵便局もある。商店街の規模が大きくなれば、駐在所もあるし、役所の出張所だって作られる。

 田舎であっても日に何本かの路線バスが通っていて、それを使えばより大きな街まで出て買い物することができた。そこには食堂や喫茶店、電器店、布団屋、自転車屋、自動車修理店があり、小さな映画館だってあった。

 既にそうした景色はすっかり消え去っているのだが、田舎の道を歩いていると、数十年前には存在したはずの、そんな街並みのなれの果てみたいなものを見ることがある。都会は廃業店舗がすぐ別の店に置き換わるので、古い街の面影は消えてしまう。だが田舎は閉じた店舗が閉じたままの状態で、何十年も雨ざらしになっている。その点と点をつないでいくと、古い街並みが蘇ってくるのだ。

 昼は買い物してきたもので簡単に済ませ、ちょっと昼寝。夕方起きて、再度車で午前中と同じ公園まで行って散歩。食っちゃ寝、食っちゃ寝して、移動はほとんど自動車。田舎は太るんだよなぁ……。

投稿者: 服部弘一郎 カテゴリー: 日記

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中