僕はデザイナーに向かない性格

東池袋にあるラーメンの自販機
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 デザイナー修業のまね事みたいなことを、9月から30何年ぶりにやっている。WEBの仕事のやり方を初歩から学び直すのが目的で、HTMLやCSSと日々格闘しているところだ。

 デザインという仕事は「工業技術」を前提にした活動なので、グラフィックデザインであれ工業デザインであれ(おそらくファッションデザインもだろうが)、覚えることの7割か8割は技術的なことだ。技術を使って、何らかの情報や機能を形にしていく。それがデザインの仕事だ。

 仕事の7〜8割は技術的なことなのだが、これは勉強すれば誰にでも身に付く。それは知識や経験の問題だからだ。しかし残りの2〜3割は美的感覚の領域。とはいえこれも半分ぐらいは知識と経験のもので、世間の人がデザイナーに必要だと考えている「美的なセンス」とか「発想力」というのは、たぶん仕事の中の数パーセントに過ぎないと思う。

 ところがこの数パーセントが、デザインの現場では結構大きいのだ。何しろ技術的なことや経験でできてしまうことは、デザイナーならみんなできて当たり前。その人の個性が発揮されるのは、残りの数パーセントの部分になる。

 この領域は何しろ全体の数パーセントしかない。その中で個性を発揮するためには、0コンマ何パーセントという微々たる部分を、どれだけ粘って詰めていけるかにかかっている。

 僕はその30年ほど前にデザイナー稼業に見切りを付けてしまったのだが、理由はこの「0コンマ何パーセント」の世界が好きになれなかったからだ。これはほとんどの場合、世間の人は違いに気付かない。違いに気付かないような違いに手を入れて、ジリジリと自分の望む理想像に近づけて行く作業が、僕にはどうも性に合わなかった。

 やりはじめると、これはこれで楽しいのだ。夢中になれるのは、じつはこうした部分にある。でも完成品を見ても、「それほどこだわる場所かなぁ」と白けてしまう自分もいる。白けていては、この仕事はできない。だから僕は、デザイナーの仕事から離れてしまった。

 技術的なことと知識経験で全体の8割ができるなら、もうそれでOKじゃないのか? もちろん残り2割に、途方もない労力や情熱を注ぎ込む価値がわからぬではない。そうやって作られたものは、確かに素晴らしいからだ。でも僕は8割のデキでも構わないような気がする。8割が9割になるなら万々歳。そこから先は、僕にはもうどうでもいいことだった。

 この考えは今でも変わらない。これはもう、性格の問題だと思う。僕はデザイナーには向かない。デザインの仕事はやめてよかったと、今でも思っている。

投稿者: 服部弘一郎 カテゴリー: 日記

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