映画『ナヌムの家』の頃

 韓国で慰安婦問題に関する日韓合意に批判的な調査結果が発表され、韓国内が騒然としているとのことだ。まったく困った話だと思うが、この問題についていまだに朝日新聞などを批判する人たちが後を絶たないので、僕が知っている範囲のことを書いておく。

 まず最初にはっきりさせておきたいのだが、この問題について「責任は朝日新聞などにある」というのはまったくの嘘っぱちだ。朝日新聞が熱心に慰安婦問題についてのキャンペーン記事を書いていたのは事実だが、それが盛り上がっていたのは「アジア女性基金」が立ち上がる1990年代の半ばまで。以降の朝日新聞はこの問題に急速に関心を失い、いわゆる「慰安婦狩り」の与太話で一世を風靡した吉田証言についても、歴史的な実証性はないものだったことを90年代後半には認めて大きな方向転換をしている。

 こうして朝日新聞などの日本マスコミがこの問題から撤退していった頃、じつは韓国でも慰安婦問題はまったく盛り上がっていなかった。韓国でこの問題に関心を持っていた人は、さほど多くなかったのだ。

 1995年に『ナヌムの家』というドキュメンタリー映画が作られ日本でも公開されているが、これは元慰安婦を自称する女性たちが慎ましい共同生活をしている姿を記録している。元慰安婦たちがボランティアに支えられて共同生活をしていたという事実からも、彼女たちが社会から孤立し、冷遇されていたことがわかる。映画の中には彼女たちが支援者たちと共に街頭で抗議行動をする姿も出てくるが(『ナヌムの家』だったかその後の2本の映画だったか忘れたが)、それを見る韓国人の目は冷淡そのものだった。彼女たちは社会から無視され、誰にも知られないまま忘れ去られようとしていたのだ。

 もとより韓国でも元慰安婦たちと同世代の高齢者たちは、軍の慰安婦というものがどういうものかちゃんと知っていた。当時朝鮮半島では徴兵は行われていなかったが、志願して日本軍に入隊した者も少なくなかったし、兵士にならなくても軍属として周辺で働いていた人たちも多い。彼らにとって「慰安所」や「慰安婦」は日常の風景の中にあった。だからこうした戦中世代が元気なうちは、韓国人の元慰安婦を「日本軍に拉致された性奴隷」などと言っても笑われるだけだったのだ。

 僕は『ナヌムの家』3部作の3作目『息づかい』を2000年に観ているが、この時点で感想にこう書いた。

彼らの運動は一般市民を巻き込んだ国民的運動にはならず、構成員はハルモニと呼ばれる元慰安婦とその取り巻きだけ。高齢化したハルモニたちは、ひとりまたひとりと亡くなっていく。僕は『ナヌムの家』を観たときから、これは韓国内の一般市民に向けられた映画だろうと解釈した。しかし彼らの声は、いまだに韓国内で広い支持を得ることができない。閑散とした集会の風景や、「いまだに私たちのことが教科書に載らない」と嘆くハルモニたちが哀れだ。

 2000年の時点で、韓国国内では慰安婦問題で日本を非難しようとする人たちは少数派だった。その声はあまりにも小さく、社会の中でかき消されそうだった。それがなぜ、韓国内でかくも大きな問題になってしまったのか?

 ここで「朝日新聞が云々」というのは、事実を無視した与太話だ。2000年時点で、朝日新聞はもはや慰安婦問題を扇情的に報じることをしなくなっている。朝日新聞は2014年に過去の一連の慰安婦報道のうち吉田証言にもとづく記事を正式に取り消したが、これは1997年に事実かどうか疑わしいことを認めていたので、それを改めて追認しただけのことだ。

 背景にあるのは日本の新聞報道ではなく、韓国社会内部で何らかの大きな変化が起きているのだろう。戦争や日本統治下の実態を知る高齢者が少なくなり、韓国内では「慰安婦は売春婦だった」と言える人たちがいなくなった。韓国の目覚ましい経済成長は止まり、日本に追いつき追い越せという勢いが途絶えて、先行きが見えにくくなっている。一方で北朝鮮との問題も解決しない。

 そうした先が見えない中で、慰安婦問題が社会の不満を吐き出すガス抜きになってしまっているのではないだろうか。

 だとすれば、この問題に日本政府や日本人があれこれ口を出す必要はない。韓国人が不満を感じているのは「日本の態度」に対してではなく、「韓国社会のありよう」そのものに対してだからだ。それは韓国内で、韓国人自身が解決するしかないだろう。

投稿者: 服部弘一郎 カテゴリー: 日記

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

w

%s と連携中