東大卒貧困ワーカー

 いやはや凄まじい内容である。しかしここに書かれている事はすべて事実だと思うし、著者の分析や批評も的を射ていると思う。ここから見えてくるのは、長年の不況の中で労働者派遣という「禁断の木の実」を食った日本社会が、その毒に当たってズブズブと沈んでいく姿だ。

 派遣労働というシステムが造り出したものは何だったのか。それは新しい身分制度だった。時間給の単純労働を割り当てられた労働者(派遣やパート、アルバイトなど)は、いくら働いても給与が上がらず、業務上のスキルも身につけられないまま年を重ねていくしかない。時間給で給与が上がらなければ、少しでも多くの給与を手にするために「より楽な仕事で長時間働こう」というインセンティブが生まれる。結果ととして、単純労働の現場は業務内容が改善しないまま、漫然とした長時間労働が続くことになる。これでは業務の効率化や生産性の向上は望めない。

 もう一方で、労働法を完全に無視した労働者の搾取もまかり通っている。交通費自腹で長時間労働させ、何らかの事情で仕事が早く終わればその分の賃金を支払わずに放り出すことは、もはや当たり前になっている。準備や後片付けのための時間に賃金を支払わない学習塾。開店前のミーティングや閉店後の模様替えと反省会に連日アルバイト店員を長時間拘束した上で、開店時間分の賃金しか払わない人気アパレルショップ。研修と称して3ヶ月ずつ無給でアルバイトを使い潰して入れ換えるカフェや美容院。もうすべてが無茶苦茶なのだ。

 かつての日本には働く人々がそれぞれの職場で仕事に習熟し、小さな改善と効率化を積み重ねることで大きな成果を生み出す仕組みがあった。それを支えていたのが、新卒一括採用と年功序列型の雇用システムだ。しかし派遣やパート・アルバイトが支えている現在の日本では、そうした旧来型の雇用システムが機能しなくなっている。あらゆる職場で、正社員と派遣社員、パート・アルバイトが混在して働いている。職場が一致団結して何らかの改善をするとか、会社のために何らかのアイデアを出すという意欲はそこからは生まれにくい。明日クビを切られるかもしれない派遣社員やアルバイトに、そこまでのものを求めるのは無理というものだろう。

 派遣労働者が悪いわけではない。アルバイトやパートが無責任なわけでもない。働く人たちは正社員も非正規の人たちも、それぞれが自分の得る利益を最大化しようとしてがんばっている。だがその頑張りの目指す方向は、正社員と非正規では異なるのだ。職場は分断され、効率化を阻まれ、生産性は上がらない。

 人件費を引き下げることでコストを削減するというここ20年来の日本経済の戦略は、結果として日本全体に見えない毒をばらまいている。賃金は低く抑えられ、生産性は引き上げられず、労働者はいつまでも非熟練のままで、生活の先行きが見えないことから未婚化が進み、必然的に少子化が進んでいく。

 派遣労働は不況の日本にとって麻薬だった。それは人件費削減によって売り上げ減少に伴う企業の痛みを和らげたが、逆に企業が持っていた体力を奪い去っていった。景気が回復しても、日本の企業には新しいイノベーションを生み出す力がもはやないのだ。

 今後、日本は急速な人口減少と労働者不足に見舞われる。だが一度「非正規雇用」とうい麻薬の味を覚えてしまった日本企業は、もはや正規雇用を基本とする昔ながらの雇用に戻すことができないはずだ。20年かけて非正雇用を中心とする経済システムを作り上げ、それに最適化してしまった日本社会は、非正規雇用が日本社会の体力を奪っていくとわかっていても、それへの依存から抜け出せないに違いない。

投稿者: 服部弘一郎 カテゴリー: 読書

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