2020年人工知能時代 僕たちの幸せな働き方

 ここ2〜3年で何かと話題になっている人工知能について、それが我々の生活、より具体的に言えば「仕事の現場」や「働き方」をどのように変えていくかについて論じた本だ。

 著者は人工知能やテクノロジーの専門家ではなく、企業向けのコンサルタントとして組織のあり方と働き方について様々な提言や実践を行っている。そのためこの本の中では、人工知能について「作る人」ではなく、人工知能を「使う人」の立場からさまざまな事例が紹介されている。

 ところでなぜ「2020年」なのだろうか?

 じつは人工知能は大学や企業の研究室の中にだけ存在するのではなく、既に一部で実用化され、ビジネスにも応用されているのだ。それは今後数年の内にますます社会に浸透して行くに違いない。

 インターネットやスマホが、社会の中で欠かすことのない情報インフラになるまで6〜7年かかっている。市販のパソコンがインターネットに簡単に接続できるようになったのは1995年。その6年後には各家庭にブロードバンド回線が引き込まれ、首相官邸から国民に向けてメールマガジンが発行されるようになった。iPhoneの初号機は2007年1月に発表され、数年の内に出荷台数でガラケーを追い抜き、7〜8年かけて契約数でもガラケーを追い抜いている。

 インターネットやスマホが広がっていく様子をリアルタイムで経験している世代の著者は、人工知能についても社会へ浸透するまでの時間を「立ち上がりから6〜7年」と予測する。ディープラーニングが人工知能技術のブレイクスルーとなり、人工知能が一気に「賢くなった」のが2〜3年前だ。ならばそこから6〜7年後は2020年前後になる。

 人工知能の普及によって、「10年後にはこんな仕事がなくなる」「20年後にはあらゆる職種で人間が働く必要がなくなる」などとセンセーショナルに報じられることも多い。しかし著者は、そんな先の話を今考えていてもあまり意味がないと言う。10年後、20年後のことについては、専門の技術者の間でもさまざまな意見があってよくわからない。しかし3年後の2020年についてなら、かなりの精度で未来を予想できるのではないだろうか。

 今の仕事が10年後にどうなっているかなんて、誰にもわからない。でも3年後なら、今の仕事はまず間違いなく残っている。ただし、人工知能の技術が入ってくることで、その仕事のスタイルはだいぶ変化しているかもしれない。ごの本は、そんな近未来についての水先案内なのだ。

 著者はこの本の中で、人間がもともと持っている「身体性から生まれる感性」が、これからの時代に価値を生むと述べている。人工知能はとても賢い。人間の何倍も正確に仕事を行うし、疲れることを知らない。しかし生身の肉体を持っていないので、人間の「気持ち」が理解できない。

 ひょっとすると将来は人間の気持ちを何らかの形で数値化し、分析して対処するという方法を人工知能が身に着けるかもしれない。しかし同じ身体性から生まれる「共感」は、そこにはないだろう。仕事をやり遂げた「達成感」とか、せっかくの仕事が無駄になった「徒労感」とか、仲間同士でひとつのことに打ち込んだ「連帯感」、理不尽なことを言われたことに対する「憤り」などが、人工知能にはわからない。何らかの形でそれをシミュレーションすることは可能でも、「その気持ちわかるわ〜」という心の底からの共感の言葉が出ることはないだろう。

 こうした人間の「身体性から生まれる感性」は、人工知能の時代になればなるほど、人工知能には生み出せない人間独自の価値として重要性を増していくというのが著者の主張だ。効率を求める定型化された仕事については、どんどん人工知能に置き換えられていくし、置き換えられるべきなのだ。人間は人工知能が苦手な仕事を行えばいい。それは人間にとってやりがいがあるし、何よりも楽しいはずだ。

 著者の「人工知能時代」に対する見通しはじつに楽観的だ。確かにそういう時代が来れば楽しそうだ。少なくとも僕は楽しくなると思う。

 しかしなぁ……と、僕は天邪鬼でへそ曲がりだから思ったりもする。

 世の中で働いている人のほとんど、7割か8割は、人工知能が苦手とする「ヒューマンタッチな仕事」をそれほど得意としていないのではないだろうか。特に日本人は、新しい仕事を創造するより、言われた仕事をただ黙々とこなす方が向いている人が多いと思う。これは日本人の大多数のご先祖さまが、お百姓だったことと無関係ではないだろう。お百姓は決まりきった仕事を、ひたすら黙々と繰り返すものなのだ。

 日本人のDNAの中には、そうしたお百姓の性分が染みついている。決まりきった仕事を、ひたすら正確に繰り返す。その中で、合理化や効率化できそうなものを現場で改善していく。そうしたDNAが、お百姓の血が、かつての日本の製造業を支えていたのだ。

 極端なことを言えば、日本人の7〜8割は人工知能に置き換えられるような仕事に従事している。単に嫌々働いているわけではなく、そうした仕事を愛し、誇りにも思っている。そこが問題だ。人工知能の時代にも日本が世界の中で存在感を発揮するには、こうした日本人の気質や性分を、根本から作り替える必要がある気がするのだ。

投稿者: 服部弘一郎 カテゴリー: 読書

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