仏教の冷たさキリスト教の危うさ

 禅僧になったドイツ人(元クリスチャン)が書いたキリスト教概論。

 仏教とキリスト教を対比しながら双方の違いを解説するという主旨の本だが、それが成功しているとは思えない。著者には既に仏教や禅について書いた本が多数あるため、仏教について改めて解説することに筆が乗らなかったのではないだろうか。

 それに比べると、著者のキリスト教論や聖書論はじつに生き生きしていて面白く読める。著者はこれらについてもじつによく勉強しているようで、大きな間違いなどもほとんど見受けられなかった。元キリスト教徒(著者の祖父は牧師だいという)だから詳しいわけではない。キリスト教徒でも、聖書やキリスト教の成り立ちについて知らない人は山のようにいる。著者は仏教を学びつつ、著者自身のベースになっているキリスト教思想についても、かなり突っ込んだ学びを行っているのだ。その上での、辛辣なキリスト教批判だ。

 ただ、ここではキリスト教についてある程度の知識が前提とされているようにも思う。聖書の成り立ちやキリスト教の成り立ちについて、聖書におおよそどんなことが書かれているかについて、何も知識が無いという状態では、著者が何を批判しているのかがわかりにくいのではないだろうか。

 この本に問題があるとすれば、それは、著者の知っているドイツのキリスト教を「西洋におけるキリスト教の標準形」と考え、著者の属している禅宗の教えを「仏教の標準形」と考えているような記述が時折見られることだ。キリスト教は多様であるし、仏教も多様であることは、著者も当然知っている。だからそうした「標準形」をあえて離れた外部の視点からキリスト教や仏教について論じようとしているわけだが、それでもやはり、自分のよく見知っているキリスト教や仏教の形に引き戻されてしまう部分が見られるのだ。

 これはしかし、本書の問題ではあるが欠点ではないのかもしれない。ここに書かれているキリスト教や仏教は、学者が採集してきて標本箱に入れたような「死んだ宗教」ではなく、著者の中で今まさに活動している「生きた宗教」なのだ。

投稿者: 服部弘一郎 カテゴリー: 読書

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