易占は必ず当たる

外為どっとコム:ドル円日足チャート

 毎朝「本日の卦は?」という占問で易を立てるようになって、だいたい1ヶ月ぐらいになった。まだまだ勉強ははじまったばかりだが、易の奥深さに気づかされることは多い。

 まあそういった話はともかくとして、今回は「易はなぜ当たるのか?」という話をしようと思う。

 易は占いの術であって、古くから未来の出来事を予知したり、情報が取れない遠隔地の出来事を予測したりするために用いられてきた。

 占術としての易には最近あまり人気がないが(僕もこの方面にはじつはあまり興味かない)、何千年にもわたって易が占いとして用いられてきたのは、易が占術として優れていたからだろう。つまり「易は当たる」のだ。

 この場合の「易は当たる」というのは、易を使えば必ず未来の出来事がわかるという意味ではない。易というのは筮竹やコイン、あるいはサイコロなど何らかの手段を使って、占問の答えが易経に示されている六十四卦のどの項目に書かれているかを引き出すものだ。しかし易経にはほとんどの場合、占問とは直接関係がない言葉が並んでいる。その言葉をどう解釈するかが、易占者の腕の見せ所になる。

 過去の歴史の中で「易の名人」と呼ばれた人たちは、すべてこの「易経の解釈」が上手な人たちだったのだ。

 「易は当たる」というのは、解釈の結果の答えが当たるという意味ではない。その前の段階で示される六十四卦が、必ずその時の占問に対する正しい答えを示しているという意味だ。その解釈を間違えれば、占いとしては外れることもある。しかし結果を見てから示された卦に戻って解釈し直すと、「なるほどこの卦は正しい答えを示していた。しかしそれを読み間違えた結果、間違った答えを出してしまった」ということになる。

 これは相場の考え方にちょっと似ていると思う。貼り付けた画像は円相場のチャートだが、世の中にはこうしたチャートだけを見て為替を売買し、きちんと利益を出す人がいるようなのだ。もちろん予想がはずれることもあるのだろうが、その時は「なぜ予想を読み違えたのか」を考えてチャートを見直すと、その答えはちゃんとチャートの中に隠されているのだと言う。結果を見てから後知恵の解釈をすれば、チャートは常に未来を正確に指し示している。

 結果を見てから後知恵の解釈をすれば、易占によって示された結果は常に正しい。これが「易は当たる」ということだと思う。

 その証拠となるものは、易の歴史の中に登場する占例のエピソードの中に何度も登場する。それは示されたひとつの卦に対して、複数の解釈が生まれるという事例だ。ある占問に対して、易者Aが何らかの解釈をする。易者Bはそれを間違いだと言って、理由を示しながら自分の解釈を告げる。結果としてBの解釈が当たり、Bはこれほどの名人だったという話に落ち着くのだ。

 これは同じ卦から複数の解釈が生まれ、ひとつは外れ、ひとつは当たったのだから、当たる確率は半々だ。しかしこの手の話は、「だから易は当たる」という実例として紹介される。外れる解釈があることより、そこに示された卦が、結果として正答を得ていたことが大事なのだ。

 というわけで、「易は必ず当たる」というのは事実だと思う。ただしそれは、「易は正しい解釈をすれば当たる」ということだし、外れたとしてもそれは「卦の解釈が間違っていた」だけだから「易が当たらない」ことの証拠にはならない。別の人が解釈すればそれは必ず正答を得ていたはずで、易に間違いはないのだ。

 まあバカバカしいしズルい話ではあるけれど、占いとしての易はこうした「無謬性」によって支えられ、何千年もの時を越えてきたのだと思う。

投稿者: 服部弘一郎 カテゴリー: 日記

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