政治家の不道徳に寛容な国

 俳優の渡辺謙に不倫疑惑(?)が持ち上がり、彼が出演しているCMのスポンサー企業が公式HPなどから彼の画像を削除したりしているらしい。

 まあ俳優は人気商売だし、こうしたことでスポンサーが何らかの対応をするのは理解できなくもない。消費者の中には「不倫なんてけしからん」と考える人もいるだろうし、「けしからん俳優」が企業のCMキャラクターをしていれば、その企業のイメージも悪くなるというものだ。

 最近は芸能人の不倫や非行について世間の目も厳しいから、一昔前なら容認されていたことも許されないのだろう。世知辛い世の中だがしょうがない。渡辺謙が今後どうなるかはわからないが、昨年不倫スキャンダルでテレビから姿を消したベッキーは、いまだに本格復帰にはほど遠い状況になっている。世間の目が彼女を許さないからだ。

 ただ僕が不思議でならないのは、芸能人やタレントには厳しい世間の目が、どういうわけか政治の世界には向かないことなのだ。

 ベッキーや渡辺謙の不倫が許せない人も、政治家が国会で嘘をついたり、大臣が任にあるまじき醜態をさらしたり、政府が弱い者いじめをしても許している。芸能人の不倫で迷惑を被るのは、家族など周囲の限られた人たちだけだろう。しかし政治家が嘘をついたら、国民全体が損害を被るのだ。

 しかし日本では政治家が嘘をついても、誰も真剣には怒らない。安倍首相は「自分や妻が森友学園の土地取得に関わっていたなら、わたしは政治家を辞める」と国会で断言した。どうも首相夫人の昭恵さんが何らかの仲介をしたことは間違いなさそうなのだが、だからといって首相に不快感を持つ国民がどれだけいるのか。

 芸能人が安倍首相と同じような態度を取ったら、あっという間に芸能界から追放されてしまうと思う。でも政治家はそうならないのだ。

 日本人は芸能人に対して高い倫理性を求め、政治家に対してはそれを求めない。芸能人には道徳的に振る舞うことを求め、政治家は不道徳でも構わないと思っているようだ。なんというデタラメな国だろうか。

 何度も言うことだが、道徳というのは「上に立つものが道徳的に振る舞えば、下のものはそれに感化されて道徳的に振る舞うようになる」というものだ。くしくも数日前には道徳教科書の検定問題が話題になっていたが、読み物教材のパン屋を和菓子屋に変更するよりも、政治家が道徳的に正しく振る舞うことをきちんと国民に示せば、それが何よりの道徳教育になるだろうに。

 日本は政治家が道徳的に振る舞うことを放棄して、芸能人にその役目を押し付けている。本当に、なんというデタラメな国だろうか。

投稿者: 服部弘一郎 カテゴリー: 日記

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