教科書が教える「道徳」の気持ち悪さ

朝日新聞デジタル

 来年から使われる小学校の「道徳」教科書。文科省側からあれこれと検定意見が付いたと言うのだが、その内容がなんだかなぁ……というものだった。

 例えば「しょうぼうだんのおじさん」は高齢者に感謝するため「しょうぼうだんのおじいさん」に修正。まあこれは地域消防団の高齢化問題もあって、それなりに世の中の実態を示すものだったりするのだが、他の修正は「なんじゃこりゃ?」というもの。

 例えば読み物に登場するパン屋は、「我が国や郷土の文化と生活に親しみ、愛着をもつ」という支店から和菓子店に変更。公園のアスレチック遊具も、同じ視点から和楽器店に変更になったという。

 役人が考える「敬老精神」や「郷土愛」「愛国心」なんて、しょせんはこんなものかねぇ……。

 パン屋よりも和菓子屋、公園のアスレチックより和楽器店の方が伝統的だとか、おじさんよりもおじいさんの方が尊敬に値するとか、道徳ってそういうもんなのか? こんなの僕の考える道徳とはだいぶ違うものだ。

 僕自身は伝統を愛する保守主義者なので、伝統を守ることは大事だし、敬老意識も結構なことだとは思う。でもパン屋より和菓子店の方が伝統的だとは思わないし、公園のアスレチックより和楽器店の方が伝統に触れられて良いとも思わない。邦楽に親しむのは、音楽の授業でやればいいんじゃないの?

 敬老意識というのは「年寄りを敬う」ことではなく、基本的には「長幼の序列」の延長にあるものだと思う。「年寄りを敬う」という話になると、人間は何歳から年寄りなのかという話になってしまう。それは60歳からですか? それとも70歳? こういう線引きはバカバカしい。こんなものは単純に「年長者を敬う」で構わないではないか。

 道徳というのは点数が付けにくい世界なので、誰でも好き勝手に「俺様の考える道徳教育のあるべき形」について語ってしまいがちだ。僕自身もそういうところがないではない。しかし「儒教道徳」にせよ「キリスト教倫理」にせよ、何らかの明確な基準があるなら、それをもとにしてどんな教材からも道徳は語れると思うんだけどね。

投稿者: 服部弘一郎 カテゴリー: 日記

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