道徳教材としての易経

 毎日サイコロを使って易を立て、それをノートに記入している。何かを占っているわけではないのだが、易占をするには占問を作らなければならないので、とりあえず「本日の卦は?」という占問にしている。昨日も今日も、明日も明後日も、占問は「本日の卦は?」で変わらない。

 まだはじめて1週間か10日なのだが、これは面白いし飽きない。いずれ飽きるかもしれないが、とりあえず三日坊主の僕が1週間は飽きずに続けている。

 面白いのは卦辞や爻辞を付き合わせて、それを自分自身の生活のレベルにどう落とし込んでいくかという部分だ。ほとんどの場合は、何らかの道徳的な処世訓のようなものをひねり出すことになる。

 例えば「損(そん)の臨(りん)に之(ゆ)く」という卦が出たとする。これは「山沢損(さんたくそん)」の上卦が艮(☶)から坤(☷)に変化し、結果として全体が「地沢臨(ちたくりん)」の卦に変化する可能性をはらむという意味。この場合、占断に使うのは「損」の卦辞、変化する上爻(上九)の爻辞、そして変化した結果生じる卦(之卦)の卦辞の3つになる。

 「損」は文字面こそ悪い印象があるかもしれないが、じつはそれほど悪い卦ではない。卦辞は次のようなものだ。

損は、孚(まこと)あれば、元吉にして咎(とが)なし。貞(ただ)しくすべし。往くところあるに利(よ)ろし。曷(なに)かこれ用いん。二簋(き)をもって享(まつ)るべし。

 六爻変なので、上九の爻辞を見るとこう書いてある。

上九。損せずしてこれを益す。咎なし。貞しければ吉なり。往くところあるに利ろし。臣を得て家なし。

 さらに之卦(しか)の卦辞はこうなっている。

臨は、元(おお)いに亨(とお)りて貞しきに利ろし。八月に至れば凶あらん。

 「損の臨に之く」という卦からわかるのはこの3つの言葉で、ここから一貫したストーリーを作るわけだ。

 僕はここから「今は自分にしっかり投資して勉強も行う時だ。そうすれば将来必ずプラスになる」と解釈したわけだが、こうした道徳的訓戒が導き出されるのは、易経という本の性質によるものだ。

 易経は上に引用したような卦辞や爻辞以外に、「十翼」と呼ばれる解説が付いている。これが卦辞や爻辞の意味を詳細に解説してくれるのだが、この十翼の作者は儒教の創始者である孔子だとも言われているのだ。

 文献学的な研究成果によれば、実際には孔子その人が十翼のすべてを書いたわけではないらしい。しかし孔子やその門下にある人たちが、儒教的な価値観から易経を読み、そこに儒教的な価値観から解説を加えているのは間違いない。その結果、易経は儒教的な徳目に規定される読み物になっていて、卦辞も爻辞もそうした読みを離れては解釈することができないのだ。

 孔子は易経の愛読者だったのだが、それは古代の占術書の中でも、易経が特に孔子の価値観に合うものだったからだと思う。古代の易には他にも何種類かあったようだが、儒家が易経(周易)を重んじたことから、たの易はすべて滅んでしまった。

 周易は後の時代に四書五経の一書として儒教の公認テキストとなり、儒教徳目を学ぶ人格形成のための教科書として読まれ続けた。

 占いの本がなぜ人間形成のテキストなのかと思っていたのだが、これは実際に自分で易を立ててみると理由がよくわかる。易を立ててそれを解釈すると自然に儒教道徳の価値観に沿った解釈をするのだから、易占に何らかの神秘的な力があってそれに人間が拘束されると考えるなら、儒教道徳にも拘束されて身の振る舞い方がそうしたものになっていくわけだ。

 僕はずいぶん前に、「論語」を読んだ。「孟子」も読んだし、「大学」や「中庸」も読んだ。儒教の経典のうち「四書」の部分は全部読んだのだ。でもそれによって儒教的な徳目が身に付いたかというと、べつにそんなことはない。「儒教はこう教えておるなぁ」と知ることができるだけだ。儒教徳目の価値を否定はしないが、具体的に何をどう実践するという手掛かりがない。

 しかし易を立てると、その日に気にする事柄はほんの少しだ。「目上の人に従おう」とか、「ずるいことをするな」とか、「目下の者を長い目で見守ろう」とか、とにかくその日はそのことだけ気にしていればいい。毎日易を立てると、ほぼ毎日違う内容が示される。これをずっと繰り返して示されたことを実践していれば、人間的にもバランスの取れたものになっていくのではないだろうか。

 じつは易経が人間に求めているのは、人格的なバランス感覚なのだ。易経は陰陽が揃って、プラスとマイナスがゼロの状態になっていることを尊ぶ。人格においてもそれは同じ。偏りのない、中庸の徳を大切に考える。

 こんなことなら、もっと前に易経に手を出しておくのだった。論語や孟子を読んだ時に、同時に易経も読めば、儒教的な徳目ももう少し自分の身になったかもしれないけどなぁ……。

投稿者: 服部弘一郎 カテゴリー: 日記

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