アメリカ映画とキリスト教 -120年の関係史

アメリカ映画とキリスト教 -120年の関係史

 体裁としては研究論文であり、映画ガイドブックではない。しかしアメリカ映画史に興味がある人は、一読して損のない内容になっていると思う。

 ハリウッドでは聖書をモチーフにした映画や、キリスト教徒の生き方をテーマにした作品が数多く作られているのだが、この映画にもそうした作品は取り上げられている。だがそれだけではない。この本がテーマにしているのは、アメリカの映画産業とキリスト教の距離感なのだ。

 1920年代に起きた数多くのスキャンダルで、アメリカの保守的なキリスト教徒たちはハリウッドを悪徳の都だと見なした。ハリウッドは観客のボイコットを恐れて、キリスト教に媚びて擦り寄る姿勢を見せる。表現規制のための組織を作ったのだ。これは当初全く機能していなかったのだが、1930年代になって映画界の十戒とも呼べる「プロダクション・コード」を作り上げた。これがその後、30年以上に渡ってハリウッド映画を縛ることになる。

 第二次大戦が終わって冷戦がはじまると、1947年にはハリウッドで赤狩りがはじまる。共産主義者は無神論者であり、良きキリスト教徒であるアメリカ人の敵だった。ハリウッドは映画業界から共産主義者やそのシンパを追放することに決め、多くの者たちが映画業界を去った。

 1960年代にプロダクション・コードは消滅してニューシネマの時代が始まるが、その時代は10年程度しか続かない。伝統的なキリスト教からは若者が去って行ったが、「時代の反逆者」としてのイエス・キリストにシンパシーを感じる若者たちによって「ジーザス・ムーブメント」が起きる。

 1970年代にはキリスト教福音派が台頭して若者を中心に信者を増やし、1980年代にはレーガン政権が誕生。そんな時代の中で発表されたスコセッシの『最後の誘惑』は、アメリカのキリスト教界を二分する大論争を引き起こす。しかしこれに勝利したのは、保守的な福音派だった。

 1990年代からは「終末」をモチーフにしたディザスタームービーや、終末前の「携挙」をモチーフにした「ラプチャー・ムービー」がハリウッドの大手スタジオによって作られるようになる。

 この本が取り上げているのはアメリカ映画だけなので(アメリカに輸入される段階で騒動を巻き起こした『奇跡』が例外的に取り上げられている)、聖書を取り上げた映画でも、フランス映画の『ゴルゴダの丘』やイタリア映画『奇跡の丘』などは紹介されない。それらは「アメリカの映画産業とキリスト教の距離感」という本書のテーマの埒外なのだ。

投稿者: 服部弘一郎 カテゴリー: 読書

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