ドラマ「鬼平犯科帳」ができるまで

ドラマ「鬼平犯科帳」ができるまで

  僕自身も「映画批評家」を名乗っているのだが、最近はぜんぜん映画も観なければ原稿も書かないままになっている。

 そんな「ナンチャッテ映画批評家」とは別世界の住人のように、ここ何年も精力的にバリバリ仕事をしているのが春日太一だ。1977年生まれで今年40歳。若いとは言えないだろうが、高齢化が進んでいる映画評論家業界(なんてものがあるのかは不明だが)では若手の部類だと思う。

 春日太一は「時代劇・映画史研究家」を名乗っている。担当分野は邦画であり、その中でも時代劇が専門分野だ。だが彼が生まれた頃、時代劇映画は既に黄金時代を終えている。『柳生一族の陰謀』(1978)からはじまる東映大作時代劇路線すら、彼はリアルタイムでは知らないのだ。春日太一という書き手は時代劇の黄金期が終わってから、その時代の「遺物」を拾い集めているのだ。

 フジテレビ版の「鬼平犯科帳」は、そんな春日太一にとって放送開始から終了までをリアルタイムでフォローしている作品だ。本書は「オール読物」や「時代劇専門チャンネルガド」に平成22年から平成28年にかけて掲載された「鬼平」関連の記事を集めている。特徴はこの人気シリーズの原作者や出演者ではなく、番組のプロデューサーや演出家、脚本家など、裏方たちにスポットを当てていることだ。

 こうした「作り手の仕事」をリスペクトするのが、春日太一の姿勢なのだと思う。この本で取り上げられている、調音、俳優事務、題字などは、僕も正直この本で取り上げられるまであまり興味を持ったことがない仕事だ。しかし春日太一はそこにスポットを当てる。そしてこうした裏方の仕事が、縁の下の力持ちとして「鬼平犯科帳」の世界を支えていたことを浮き彫りにしていくのだ。

 「鬼平犯科帳」の人気は、主人公の鬼平こと長谷川平蔵だけでなく、彼の手足となって働く多くの個性的な密偵たちのキャラクターによるところが大きい。密偵は決して表立って活躍するわけでなく、場合によっては使い捨ての消耗品のように消えて行く運命だ。しかし「鬼平」はそこをクローズアップして、通常の物語では脇役以下に終わる者たちの人生を浮かび上がらせる。

 春日太一の今回の本も、それと同じなのだ。「鬼平犯科帳」と言えばまずは原作者の池波正太郎であり、主演の中村吉右衛門だ。しかしドラマ版の「鬼平」をこれだけの人気番組に仕立てた裏に、多くのプロフェッショナルたちの懸命の働きがある。この本はそれを取り上げ、場合によってはその人の人生を浮かび上がらせていく。

 時代劇映画や時代劇番組は今後も作られていくと思うが、戦後の時代劇黄金時代を知るスタッフはもうほとんど残っていない。「鬼平犯科帳」は時代劇黄金期を知るスタッフが作り上げた最後の本格時代劇であり、今後もこれ以上の時代劇番組がテレビで作られることはないだろう。

 本書のタイトルは「ドラマ『鬼平犯科帳』ができるまで」だが、実態は「ドラマ『鬼平犯科帳』がおわるまで」だ。春日太一はその最後の瞬間を、かろうじてリアルタイムで取材したのだ。

ドラマ「鬼平犯科帳」ができるまで (文春文庫)
春日 太一
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投稿者: 服部弘一郎 カテゴリー: 日記

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