安倍首相の真珠湾スピーチはポエムだった

写真:日本経済新聞

 昨日行われた安倍首相の真珠湾スピーチは、テレビの生中継を見ていても何を言っているのかさっぱりわからないものだった。それは首相官邸のサイトにある、スピーチ全文を読んでも変わらない。

 安倍首相は次のように、今から75年前に起きた真珠湾攻撃の場面を再現してみせる。

 祖国を守る崇高な任務のため、カリフォルニア、ミシガン、ニューヨーク、テキサス、様々な地から来て、乗り組んでいた兵士たちが、あの日、爆撃が戦艦アリゾナを二つに切り裂いたとき、紅蓮(ぐれん)の炎の中で、死んでいった。
 75年が経った今も、海底に横たわるアリゾナには、数知れぬ兵士たちが眠っています。
 耳を澄まして心を研ぎ澄ますと、風と、波の音とともに、兵士たちの声が聞こえてきます。
 あの日、日曜の朝の、明るく寛(くつろ)いだ、弾む会話の声。
 自分の未来を、そして夢を語り合う、若い兵士たちの声。
 最後の瞬間、愛する人の名を叫ぶ声。
 生まれてくる子の、幸せを祈る声。
 一人ひとりの兵士に、その身を案じる母がいて、父がいた。愛する妻や、恋人がいた。成長を楽しみにしている、子供たちがいたでしょう。
 それら、全ての思いが断たれてしまった。
 その厳粛な事実を思うとき、かみしめるとき、私は、言葉を失います。

 言葉を失うのは結構なことだけれど、問題はこうした悲惨な出来事を「誰が行ったのか?」や「なぜそれが行われたのか?」だろう。だがこのスピーチの中には、それがまったく存在しないのだ。

 まがりなにりにも日本の首相が、日米開戦の発端となった場所を訪問し、そこで日本の攻撃によって犠牲になったアメリカ人兵士たちを慰霊すると言っているのだ。日本もアメリカも、この件については当事者ではないか。しかし安倍首相のスピーチに、そうした「当事者意識」は皆無だと思う。

 安倍首相のスピーチ前半にある攻撃犠牲者追悼の言葉は、他のどんな場面でも通用してしまう言葉だと思う。それは今も海外で起きている戦争やテロの被害に対しても言えるし、東日本大震災の津波被害者に対しても言えることだろう。これは当事者の言葉ではない。当事者には当事者なりの、別の言葉があっても良かったと思う。

 真珠湾攻撃については「アメリカは奇襲攻撃を知っていたのに現場に知らせなかった」など、陰謀論めいたことも言われているし、今ではそれが定説のようになっている面もある。しかし宣戦布告なき奇襲攻撃が日本の騙し討ちであり、真珠湾攻撃については日本が加害者で、アメリカが被害者だという立場は変わらない。

 安倍首相はスピーチの中で『あの「パールハーバー」から75年』と言っているが、これは地名としての真珠湾ではなく、歴史的な出来事としての「パールハーバー」という意味だろう。だがその「パールハーバー」は、「日本による卑怯な騙し討ち」という意味だとわかっているのだろうか?

 安倍首相は「過去は水に流して未来志向で行きましょう。和解です、寛容の心です」と言いたいのかもしれないが、和解や寛容を口にできるのは「被害者」の側であって、加害者が被害者に向かって「過去は水に流しましょう」や「和解です」「寛容です」と言うのは醜悪だ。

 第二次大戦について、日本がアメリカに謝罪する必要はないと思う。戦争全体について言えば、日本にも非があり、アメリカにも非があっただろう。日本が対米戦争に突き進んだのはアメリカの挑発があってのことだし、それはアメリカ側も十分に理解しているはずだ。

 しかし日本の首相が真珠湾を訪問してスピーチを行うなら、そこでは「真珠湾攻撃という出来事についての是非」にフォーカスを当てた内容があってしかるべきだろう。安倍首相がそこから距離を置き、フォーカスをあえて合わせない曖昧な言葉に終始していたのは残念だと思う。

 安倍首相はスピーチでこう続ける。

 戦争の惨禍は、二度と、繰り返してはならない。
 私たちは、そう誓いました。そして戦後、自由で民主的な国を創り上げ、法の支配を重んじ、ひたすら、不戦の誓いを貫いてまいりました。
 戦後70年間に及ぶ平和国家としての歩みに、私たち日本人は、静かな誇りを感じながら、この不動の方針を、これからも貫いてまいります。

 日本にとっての『不戦の誓い』とは日本国憲法の第9条に他ならないのだが、安倍首相はそれを捨て去りたくて仕方がないのではなかったのか? にもかかわらず、安倍首相は『私たち日本人は、静かな誇りを感じながら、この不動の方針を、これからも貫いてまいります』と言ってのける。

 開いた口がふさがらない。この人は自分の言っていることが、やはり理解できていないのだろう。だから日本の外に向かっては「日本は平和国家です」「不戦の誓いです」と言いながら、日本国内では「憲法9条では国は守れないから憲法を改正しよう」と言っている。

 戦争が終わり、日本が、見渡す限りの焼け野原、貧しさのどん底の中で苦しんでいたとき、食べるもの、着るものを惜しみなく送ってくれたのは、米国であり、アメリカ国民でありました。
 皆さんが送ってくれたセーターで、ミルクで、日本人は、未来へと、命をつなぐことができました。
 そして米国は、日本が、戦後再び、国際社会へと復帰する道を開いてくれた。米国のリーダーシップの下、自由世界の一員として、私たちは、平和と繁栄を享受することができました。

 アメリカは日本に衣類や食料を援助すると同時に、日本に民主的な憲法や社会制度を作るよう強く促した。安倍首相はしかしアメリカが日本の戦後復興にはたした役割に感謝しつつ、アメリカの占領下で作られた現憲法だけは「押しつけだ」と拒絶している。

 でも日本は現憲法があればこそ、スムーズに国際社会へと復帰する道を歩むことができたのではないだろうか。

 アメリカの日本占領政策については、個々の内容を是々非々で判断すべきだと思う。アメリカがすべて良いことをしたとは思わないし、思う必要もない。でもここで問題になるのは、安倍首相がスピーチの中で肯定的に評価している部分が、じつは日本国憲法と不可分な関係にあることだろう。

 日本国憲法については改正の是非や制定時の歴史的な経緯ばかりが取りざたされるのだが、日本国憲法が戦後の日本社会形成にはたしてきた役割についてもよく考えるべきだと思う。保守派は「憲法がダメだから日本がダメになった」と言いがちだが、戦後の日本がそんなにダメだったわけではないだろうに……。

投稿者: 服部弘一郎 カテゴリー: 日記

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中