黙れ非国民どもめ!

非国民め

 「保育園落ちた日本死ね」が流行語大賞のトップ10になったことについて、あれこれと批判する人達がいるらしい。

 流行語大賞の正式名称は「ユーキャン新語・流行語大賞」なのだが、僕自身は「保育園落ちた日本死ね」が新語だとも流行語だとも思えないので、そういう点ではこれが10選に選ばれたのはオカシイ!と思っている。

 もっとも「保育園落ちた」に限らず、今年の「新語・流行語大賞」の中に本当の意味で新語や流行語と呼べるものがどれだけあったのかは疑問だ。何しろ今年の年間大賞になった「神ってる」ですら、僕は日常生活の中で使っている人を見たことがない。他のトップ10は、聖地巡礼、トランプ現象、ゲス不倫、マイナス金利、盛り土(ど)、ポケモンGO、(僕の)アモーレ、PPAPで、選考委員特別賞が復興城主だという。

 いったいこれらのどこが新語で流行語なんだ?

 結局「新語・流行語大賞」は「今年話題になった言葉」を選ぶイベントになっていて、本来の意味での新語や流行語を選ぶ機能をもはや失っているのだと思う。

 ま、それはさておき、「保育園落ちた日本死ね」に対する批判についてだ。

 この言葉は新語でも流行語でもないが、「今年話題になった言葉」であることは間違いない。今年2月に匿名ダイアリーにこの言葉が登場して以来、この言葉に対する共感や賛同の意見が多かった一方で、この言葉に対する反発や非難の意見も多かった。そうした騒ぎが一段落していたところで、今回の「新語・流行語大賞」受賞でそれがまた再燃したのだ。

 批判の言葉も擁護の言葉も、今年の前半に語られつくした内容の焼き直しなので今さらどうこう言うようなものではない。むしろ今回は保育園の待機児童問題や働く母親の苦労というこの言葉を生み出した状況自体については論じず、「『日本死ね』とは何事だ!」とか「そもそも『死ね』などという言葉を使うべきではない!」など言葉尻をとらえただけの意見が多かったし、「なんで民進党の議員が笑顔で授賞式に出るんだよ!」みたいな突っ込みも目立ったと思う。

 まあこうしたご意見はいちいちごもっともである。ソーシャルサイトによっては「死ね」という言葉が最初からNGワードとして排除対象になっているぐらいなのに、よりにもよってそれが流行語大賞ねぇ……。「死ね」がNGワードになっているサイトでは、この話題について語ること自体がタブーになっちゃうぞ。

 しかし僕が気になるのはそこからさらに派生した、「こんな言葉を選出した審査員は反日だ」といネット上の非難についてだ。特に歌人の俵万智がそのターゲットになっているという。あ〜、やだやだ。本当に幼稚な批判だな。

 最近ネットの中では、自分とは異なる意見を持つ人に対して「反日だ」とか「パヨクだ」とか「日本人じゃない」と言った言葉で否定することが当たり前のようにまかり通っている。でもこれって要するに、戦前戦中を舞台にしたドラマや映画にしばしば出てくる「非国民」の言い換えに過ぎないんじゃないだろうか?

 非国民は言葉としては「国民に非ず」という意味だが、非国民と呼ばれた人達が日本国民ではなかったわけではない。彼らも間違いなく、日本国籍を有する人達だった。日本国籍がない人は、むしろ非国民とは言われない。それは単に「外国人」であって、非国民とは別のカテゴリーなのだ。

 非国民とは日本国民だ。日本国民でありながら、日本国民らしからぬ振る舞いをする人達のことを非国民と呼ぶ。特に体制に対して批判的な者、非協力的な態度を取る者は非国民と呼ばれた。

 「保育園落ちた日本死ね」は、「日本死ね」という言葉だけが非難されているわけではない。これは待機児童対策や少子化対策を行っている日本政府に対する批判であるがゆえに、強く非難されている。政府を批判する者は非国民だからだ。

 沖縄の米軍基地移転問題は現地で大反対運動を巻き起こしているが、こうした運動を行うのもまた非国民である。沖縄の反基地運動を強く批判する作家の百田尚樹は、流行語大賞の選考委員である俵万智を強く批判しているが、彼にとってはどちらも「非国民」なのだろう。

 非国民という言葉は、現時点ではネットの中でも現実の世界でもまだタブーのようだ。しかし「反日」だの「パヨク」だの「外国から金をもらっている」だのという非難の言葉がすべて非国民の言い換えである以上、いずれ非国民という言葉そのものが復活し、大手を振ってまかり通るようになることは間違いないと思う。

 しかし言うまでもないことだが、非国民という言葉は思考停止の言葉だった。非国民という言葉で体制に批判的な意見を無視し、圧し潰し、体制に迎合する意見だけが流通する世界を作って、国家の暴走を許してしまった。その果てに、日本中の大都市は残らず灰になり、敗戦国として占領の屈辱を舐める羽目になったのだ。

 反日もパヨクも、非国民という言葉の言い換えに過ぎない。ならばこうした言葉を使う人達の頭の中身も、非国民という言葉を使っていた人達と同程度には思考停止しているのだ。自分では何か考えているつもりなのだろう。でもそれは「非国民という言葉をどう上手く言い換えるか」程度の表層的な知恵でしかないだろう。

投稿者: 服部弘一郎 カテゴリー: 日記

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