日本は破滅的な人口激減期に入る

我が国人口の長期的な推移

 東洋経済オンラインに、「日本人は「人口急減の恐怖」を知らなすぎる」という記事が載っている。ここに紹介されているグラフは、人口問題に興味を持つ人にとっては見慣れたものだ。

 人口推移の予測というのは「今年生まれた子供は20年後には二十歳になる」とか、「現在二十歳の人達は50年後には70歳だが、それに死亡率を掛け合わせると生きている人はこのぐらい」というバカみたいに簡単な仕組みで作られているので、不確定要素が少なくてきわめて精度が高いのだ。このグラフの形を見て「極端すぎる」「いくらなんでも」と思う人は多いと思うが、たぶん日本の未来はこのグラフを正確にトレースしていくことになるだろう。

 僕自身は人口減少で日本は壊滅的なダメージを受けると考えているのだが、人口減少に対して楽観的な人達は「そもそも日本は人口が多すぎたのだから減ったって構わない」などと言う。「日本の人口が1億人前後だった昭和40年代に、日本は高度経済成長のまっただ中だったではないか。人口が減ったところで経済とは無関係だ」という人たちもいる。

 まったくバカな人達だ。問題は人口そのものではなく、人口構成の変化にあることがわかっていらっしゃらない。

 一昔前のベストセラーにあやかって、「日本がもし100人の村だったら」と考えてみればいい。人口1億人弱の1965年と、将来予測で同じ程度の人口になる2050年を比較してみよう。

 1965年の日本は、村民100人のうち68人が生産年齢人口と呼ばれる15歳から64歳までの働き手で占められていた。14歳未満の子供は26人。65歳以上の老人はたった6人だ。

 2050年の日本村を見てみよう(参照)。人口100人のうち、生産年齢人口は51人に減っている。子供の数は10人に減った。残り39人が老人だ。

 同じ人口でも、全体の7割が働き手で残り3割を支える社会(1965年)と、人口の半分が働き手として残り半分を支える社会(2050年)とを比較すれば、どちらがより豊かだろうか?

 人口が増えている社会というのは、年をとって死ぬ人よりも、生まれる人の数が上回っている社会だ。そこでは若年人口が増える。働き手の多い活気のある社会になる。

 一方で人口が減っていく社会というのは、年をとって死ぬ人の方が、生まれてくる人の数を上回っている社会だ。それは年寄りが多いという意味であり、若者の少ない活気のない社会になる。

 急激に人口が増加する社会は、全体の中で若者人口の比率が高くなって活気がある。1965年というのは、まさに日本にとってそういう時期だった。戦後生まれの団塊の世代が、生産年齢人口に達したのがちょうどこの時期だ。このあとも昭和20年代のベビーブーム世代が続々と社会の中で働き手の側に回り、生産と消費の中心として日本経済の推進役になったのだ。

 日本は既に人口減少期に入っている。現在の出生率では人口増は望めず、人口減少は加速度を増していくだろう。社会は高齢化と人口減少に最適化して行き、子供を生み育てる少数者にとっては生きにくいものになるだろう。そしてますます少子化は進行していく。

 日本の人口はどこで底を打つのだろうか? 政府は人口予想グラフに抗って、「8千万人〜1億人ぐらいで静止人口にしたい」と考えているようだ。しかしどうすればそうできるのか、方法はまったく見つからない。とりあえず目先の対策としての少子化対策や子育て支援策は必要だが、そんなものは今後の急激な人口減少の前には焼け石に水。まず間違いなく、政府の目標は達成できないまま人口は減り続けるだろう。

 人口長期推移の予想グラフでは、2100年時点で日本の人口は現在の半分になるという。2100年はそれほど遠い未来ではない。今年生まれた子供が、まだ80歳代のうちにその未来はやって来る。それは人口増加時代しか知らない我々にとって、予想もできないとんでもない未来になっているに違いない。

投稿者: 服部弘一郎 カテゴリー: 日記

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