日米開戦から75年

ハワイ・マレー沖海戦

 写真は山本嘉次郎監督の『ハワイ・マレー沖海戦』のポスター。日米開戦の翌年12月に、開戦1周年を記念して作られた作品だ。これを観ると、当時の日本にとって世界を相手に戦争をしたことがいかに誇らしいことであったかがわかる。

 この映画が公開された昭和17年の暮れには、日本はまだ戦勝ムードに酔っていた。でもこの年の6月にはミッドウェー海戦で日本が負け、日本軍の快進撃は止まって形勢は逆転している。ソロモン諸島のガダルカナル島にはアメリカ軍が上陸し、激しい戦闘の末に12月には日本が島から撤退しはじめる。日本人の多くが知らないうちに、日本は敗戦に向けて急坂を転がり落ちていったのだ。

 安倍総理が今月26日・27日にハワイを訪問してオバマ大統領と会談するのに合わせ、真珠湾のアリゾナ記念館を訪れて犠牲者慰霊のための献花を行うという。今年は日米開戦75周年という区切りのいい年だ。オバマ大統領は今年5月に広島を訪れているので、その返礼という意味もあるのかもしれない。(日本政府は否定している。)

 安倍首相は「謝罪のためではなく慰霊のためだ」と言っているのだが、これを「不戦の誓い」だと言うなら、それは「真珠湾を攻撃すべきではなかった」ということであって、結果としては謝罪と同じ意味を持つのではないだろうか。(日本政府は否定している。)

 日本は太平洋戦争で徹底的にアメリカに叩きのめされ、国土が灰になり、多くの人が殺されたにもかかわらず、戦後の日本人はみんなアメリカが大好きになった。戦争中には「鬼畜米英」と言っていたのに、なんと変わり身の早い人たちだと呆れるかもしれない。

 でもそれは誤解がある。日本人は、じつは戦前もアメリカが大好きだった。戦前の日本は戦後の日本と同じぐらいアメリカナイズされていて、映画館ではハリウッド映画が公開されていたし、アメリカの文化が日本のあちこちに浸透していたのだ。戦前……と言っても幅があるが、例えば1930年前後の日本人にとって、最も親しみを感じる外国はおそらくアメリカだったに違いない。

 戦争中の日本はそのアメリカを鬼畜扱いしていたわけだが、それは国際政治と戦争に翻弄された結果だった。アメリカと日本の関係は1937年頃までは穏やかなものだったが、それがほんの数年で険悪化して戦争になってしまうのだから恐ろしい。しかし日米関係にとって最悪な時期は、10年と続かなかった。1945年の敗戦で、日本はアメリカに屈服したからだ。

 安倍首相をはじめとする自民党の政治家たちは、アメリカと日本の同盟関係をとても重要視している。日本人は何だかんだ言ってアメリカが大好きだし、今この時点で、日本とアメリカが戦争状態になることなど誰も考えていないだろう。

 だがそれは1930年代の日本でも同じなのだ。政治家たちはアメリカとの関係を大切にしていたし、日本人もアメリカが大好きだった。日本とアメリカが戦争をするなんて誰も考えていなかったし、アメリカとまともに戦争をしたって日本が勝てるはずはないと誰もが考えていた。でもその日米関係はたった数年で険悪な状態になり、今から75年前にとうとう戦争になったわけだ。

 日本は平和国家だ。戦後71年間、日本はどの国とも戦争をしていない。でもそんな国だって、数年後にはとんでもない戦争をやっているかもしれない。「そんなバカな」と言うかもしれないが、少なくとも75年前の日本はそれをやったのだ。国際情勢は数年で変わる。政治家の言うことも数年で変わる。マスコミの動向だって数年で変わる。戦争なんてとんでもないと言っていた国と国民が、たった数年後に戦争をしていることもある。

 日本はそれを、自ら証明しているのだ。

投稿者: 服部弘一郎 カテゴリー: 日記

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