11日の死刑執行について

写真:毎日新聞

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 2件の強盗殺人などの罪で4年前に死刑が確定していた田尻賢一死刑囚の死刑が、今月11日に執行されたという。裁判員裁判で死刑判決が出た事例としては、2件目の死刑執行だという。

 田尻死刑囚については本人も罪を認めていて事実関係について争う部分はないし、弁護士が最高裁判所に上告した後に田尻死刑囚が自分でそれを取り下げて刑が確定している。冤罪云々ということは、まずあり得ないだろう。被害者も複数いるし、死刑を執行したとしても、強硬な死刑廃止論者以外からはまったく文句の出ない死刑囚だったわけだ。

 僕自身は、この事件や死刑囚の個別の事情にはあまり興味がない。それよりも今年の死刑は3月に2名の死刑囚に執行されて以来3人目、金田勝年法務大臣のもとでは初執行だという点に着目した。死刑はその政権や法相にとって、ある種の「踏み絵」になっているような気がするのだ。

 今回の執行で、全国の拘置所に収監されている確定死刑囚は129人になったという。これを多いと見るか少ないと見るかは人によって違うのだろうが、今回のように年に何度か死刑を執行する程度では、確定死刑囚の数は今後も永久に減りっこない。

 おそらく今年はもう、新たな死刑執行はないだろう……と簡単に断言することもできないわけだが、仮に今年の死刑執行が11月11日の1人で終わりだとしよう。すると今年の死刑執行は3人だ。しかし一方で、今年になって刑が確定した死刑囚は6人いる。日本では死刑確定数より執行数が少なく、必然的に未執行の死刑囚がどんどん拘置所の中に増えていくことになる。

 ごく簡単なものだが、2000年以降の死刑確定件数と、死刑執行数の一覧を作ってみた。参考にしたのは死刑確定囚リスト日本における被死刑執行者の一覧。手作業で数えたので多少の誤差はあるかもしれないが、だいたいの傾向はわかると思う。

確定数 執行数
2000 6 3
2001 5 2
2002 2 2
2003 2 1
2004 14 2
2005 11 1
2006 19 4
2007 21 9
2008 10 15
2009 18 7
2010 6 2
2011 24 0
2012 10 7
2013 7 8
2014 6 3
2015 3 3
合計 164 69

 年によって執行数の多い少ないはあるが、全体としては執行数が1桁に止まることが多い。そしてわずかな例外を除いて、死刑執行は毎年必ず行われる。

 この一覧を見れば誰にでも一目瞭然だが、日本では死刑が確定されても、じつは多くの死刑囚に死刑が執行されないのだ。一覧表を作った16年間に限って言えば、刑が確定している死刑囚の数に対して、刑が執行された死刑囚の数は42%でしかない。なんと半分以下だ。

 日本では殺人事件を起こしても、ほとんどの場合死刑判決が出ることはない。殺人を含む凶悪事件は年々減っているのだが、それでも殺人の被害者数は年に300人ほどいる。死刑判決が確定するのは年に平均すると10人ほどだから、日本では人を殺しても死刑判決が出る確率は30分の1、さらに執行される確率は4割だから、人を殺して死刑が執行される確率は1.3%でしかない。

 死刑制度については存続派から「愛する人が殺されても犯人が死刑にならなくていいのか!」という意見がしばしば出されるのだが、日本では人を殺しても死刑になる確率は1.3%だ。愛する人が殺されても、犯人はまず確実に死刑にならない。日本の死刑制度は、遺族の報復感情を満たしてくれないのだ。

 現在日本で行われている死刑囚への刑の執行は、日本が死刑存置国であることを国民にアピールするための政治的デモンストレーションでしかない。法務大臣が任期中に何人かの死刑執行を命じる書類にサインするのは、法務大臣が一応は法を守っていることを証明する「踏み絵」みたいなものだ。刑の執行は、政治的な「儀式」と言ってもいいだろう。

 もちろん死刑になるような犯罪者には、それなりのことをやって死刑になるのだ。日本の刑事司法の最高刑が死刑である以上、ある種の犯罪者に死刑判決が下されるのは当然だし、刑が確定すれば刑が執行されるのも当たり前のことだ。そうするのが正義だ。しかし現状では死刑判決が確定した後ですら、刑が執行されるかされないかの間に大きな不平等が生じている。ある死刑囚には死刑が執行され、別の死刑囚は拘置所の中で天寿をまっとうする。

 こんな不平等がまかり通るぐらいなら、いっそのこと日本は死刑について刑の執行を取りやめればいい。「そんなことをすれば、犯罪者を死ぬまで税金で養うことになるぞ」と言う人もいるけれど、現状でも死刑囚の多くは死ぬまで拘置所で過ごすのだし、無期懲役の囚人のほとんどは刑務所の中から生きて出ることはない。税金で一生養われている犯罪者は少なくない。ならば年に何人かの死刑執行を取りやめたところで、大した違いはないと思うけどね……。

 死刑制度を残すなら残してもいい。刑の執行を停止することで何らかの不都合が生じるなら、その時はまた再開してもいいだろう。まあ現状で刑が執行されないケースがこれだけ多くても不都合が生じていないんだから、正式にすべての刑の執行を停止しても、何の不都合も生じないと思うけどね。

投稿者: 服部弘一郎 カテゴリー: 日記

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