高齢者の運転をどうするか

高齢運転者標識

 横浜市港南区で87歳の高齢者が運転する軽トラックが集団登校中の小学生の列に突っ込み、小学1年生の男の子が死亡した事件について、思ったことをちょっと書いておく。(これは「事故」と言うより、やはり「事件」と呼ぶ方がいいような気がする。)

 このドライバーには認知症の症状があるのではないかとも言われているのだが、事故を起こす前からその症状があったのか、事故のショックで症状が一気に進んでしまったのかはわからない。仮に事故前から深刻な認知症を患っていたのだとすれば、このドライバーは「心神喪失」または「心身耗弱」ということで罪が軽くなり、場合によっては無罪になるだろう。

 仮に十分な責任能力があると判断されたとしても、過失運転致死という罪状とドライバーの年齢を考えると、今回は執行猶予の付いた判決になるに違いない。被害者側としてはいたたまれない気持ちだと思うが、日本では交通事故についてはまあそういうことになっている。もっとも今回の事件でドライバーに懲役10年とか20年の実刑判決が下ったとしても、本人が刑務所にそれだけ服役するだけの余生があるとは思えないけどね。「残りの人生をかけて償います」と言うのも、ナンセンスな言葉でしかないし……。

 何だか皮肉っぽい書き方になっているけれど、僕は今回の事件についてはひどく憤っているのだ。老い先短い老人が、やっと小学校に上がったばかりの子供を轢き殺して未来を閉ざしてしまうなんて理不尽ではないか。でも、こうした事故をどうすれば防げるんだろうか?

 日本では年々交通事故の件数が減っているにもかかわらず、高齢者の起こす交通事故は減っていないという統計があるそうだ。最近はテレビで高速道路の逆走だの歩道や商店に車が突っ込んだという事故のニュースを見かけると、ドライバーはまず間違いなく高齢者ということになっている。テレビ局側があえてそうした事例を選り好みして伝えていることも考えられるが、統計上も交通事故全体の中での高齢者の事故の割合が増えていることは間違いない。

 高齢ドライバーが免許証を返上するケースも増えているようだが(今年80歳になった実家の父も免許証を返上している)、それですべての事故が防げるわけでもない。横浜で起きた事故が仮に認知症の高齢者による車を使った徘徊だった場合、免許を返上した後も高齢者が車に乗って走り回ることは可能だからだ。

 はてさて、どうしたものか。横浜の事故については「だから自動運転車の開発を急げ」とか「せめて自動ブレーキ搭載車にしろ」という意見も見かけたが、自動運転はまだ先の話であるにせよ、高齢ドライバーが運転する可能性がある自動車については、自動ブレーキ搭載車以外に認めないといった方法はあり得るかもしれない。

 高齢者からは一律に免許を取り上げてしまってもいいような気がするのだが、地域によっては高齢ドライバーなしには生活や地域の経済が成り立たないこともあるだろう。地方の農村地帯などは、高齢者から免許を取り上げた途端に壊滅的なダメージを受けそうだ。

 高齢ドライバーについては毎年1度は教習所や試験場などで運転技術のチェックテストを行って、それをパスできない人は強制的に免許を取り上げるといったことを考えた方がいいのかもしれない。仮にその試験がダメでも追試を2回ぐらい行って、3回ともだめなら免許返上みたいな制度にするのだ。費用は公費で負担してもいいけれど、ここである程度の費用がかかるようにしておけば、免許返上への動機付けになるかもしれない。

 僕自身は車を運転しないので、道路を利用するときは常に自転車か歩行者という「交通弱者」の立場になる。この問題を考えるときも「車を運転する側」ではなく、「車に轢かれる側」の立場で考えざるを得ない。車を運転しないという点では、横浜で被害にあった小学生も僕も変わりないのだ。高齢ドライバーは今後もどんどん増えて行くだろうし、事故を減らす方法を本気で真面目に考えてもらいたいものです。

投稿者: 服部弘一郎 カテゴリー: 日記

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