下り坂をそろそろと下る

下り坂をそろそろと下る

 劇作家で演出家の平田オリザが、自分自身の活動の実践を通して見た現代日本の姿を描くルポルタージュ風のエッセイだ。司馬遼太郎の代表作「坂の上の雲」を引きながら、坂の上の白い雲を目指して一心不乱に急坂を上がってきた日本が、今は下り坂をそろそろと下る時期に差し掛かっていることをさまざまな角度から描写する。

 著者は本書の冒頭で、現代日本が抱える「3つの寂しい現実」について語っている。

  1. 日本はもはや工業立国ではない。
  2. 日本はもう、成長社会に戻ることはできない。
  3. 日本はアジア唯一の先進国から、アジアの中の一国へと地位を後退させていく。

 こうした「現実」に対して、「それは間違っている!」と反論する人がいるであろうとこも、著者は当然予見している。だが公平な目で見れば、著者のこうした現状認識には多くの人が同意するのではないだろうか。

 問題はこうした現実を受け入れましょうという話ではない。受け入れられない人も多そうだけれど、だからこそこれは現代日本の「寂しい現実」なのだ。この現実を前に、今後の日本人は世界の中でどのように振る舞えばいいのか。あるいは日本で暮らす人たちは、これからの日本社会でどのように振る舞えばいいのか。それがこの本に書かれている事柄だ。

 著者が演劇の分野から日本各地の地域興しに協力したり、教育分野にさまざまな提言をしていることから、本書の大半はそうした実践に関する事例報告になっている。紹介されているのは、地方農漁村地帯で行われている「小さな成功事例」の数々だ。それはどれも、冒頭に紹介された「3つの寂しさ」への回答になっている。

 工業立国からサービス業主体の産業構造になった日本は、文化を発信していくしかない。それによって大きな成長は望めずとも、急坂を駆け下りたり転げ落ちるような急激な衰退ではなく、坂道を用心深くそろそろと下る緩やかな衰退の中で、文化的な面から国を成熟させていくことができるのではないか。

 この分野での国や自治体の取り組みは遅れている。だからといって、著者は「だから文化政策に金を出せ」と言うわけではない。古い発想のままに文化振興に金をかけても、それは各地に◯◯ホールや◯◯会館を乱立させるハコモノのバラマキにしかならないだろう。一番必要なのは文化の価値や役割に対して、国民的な合意を形成していくことだ。この本は、そのために上げられた小さな一本ののろしなのかもしれない。

投稿者: 服部弘一郎 カテゴリー: 読書

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