禅と福音: 仏教とキリスト教の対話

禅と福音: 仏教とキリスト教の対話

 曹洞宗(仏教)の南直哉住職と、カトリック(キリスト教)の来住英俊神父の対談本。自分自身の信仰を深く見つめた上で世に問いかけていく著書が多い両者が、土俵の中央でがっぷりと組み合う様子は見応えがある。

 対談の中でも触れられているが、南住職はかつてキリスト教に魅了されて受洗直前まで至った経験を持ち、来住神父も仏教に惹かれて多くの本を読んでいるという。互いに自分たちの所属する宗教にしっかり根を下ろしてその立場から発言しているが、相手の信じる者に対して十分な事前知識と敬意を持って対談に挑んでいる。信仰に対して部外者が対談している「不思議なキリスト教」のような本ではなく、同じ信仰者同士が身内の話に終始する対談でもない、まさに火花が散るような真剣勝負だ。

 全体は大きく3つの章に分かれている。第1章は「仏教をめぐる迷宮」と題して、おもに仏教に関わる様々な問題が語られている。面白かったのは僧侶である南直哉が「悟りやニルヴァーナが何なのかは仏典を読んでもわからない」とか「輪廻転生はない」と述べていること。これは僧侶としてはかなり異色の発言だと思うし、本人もそれを自覚しているようなのだが、述べられていることには説得力があると思った。

 特に輪廻転生に関して言えば、人間が生まれながらに持つ不平等さも含めた条件付けを「業」として認めつつ、それは「前世の因果」ではないと断言しているところが目を引く。また「善行善果、悪行悪果」についても、善行をしたから本人が善果を得られるとは限らない、悪行をしたから本人が悪果を受けるとは限らない、しかし善行によって世界は必ず善果を得て、悪行によって世界は必ず悪果の報いを受けると説明しているのも、ユニークだがおそらく真実なのだろうと思わせる考察だと思う。

 第2章はキリスト教についての考察。ここではカトリック神父の立場から、「天国」と「天の国」の違いが解説されているのが個人的には面白いと思ったのだが、プロテスタント育ちの僕は「天国=天の国」だと思うけどね……。

 第3章は反戦と非戦、死刑廃止論など、実際の社会問題に対する著者たちの考えを述べている部分。来住神父が「死刑廃止論に反対」と述べているのは面白いと思った。といっても神父は死刑に賛成しているわけでもない。旧社会党の「非武装中立論」などと同じで、死刑廃止論者が陥りがちな無責任な論の立て方を批判しているのだ。

 全体にとても読み応えのある対談で、考えを整理したり深めたりできた部分も多い。南直哉師の他の著書も読んでみたいと思わせる1冊だった。

投稿者: 服部弘一郎 カテゴリー: 読書

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