日本会議の研究

日本会議の研究

 与野党問わず多くの政治家が関わりを持ち、日本政治の右傾化に大きな影響を与えているとされる「日本会議」について、まとまったレポートとしてはじめて出版された本。この本を読むと、日本会議の活動内容や成り立ちについてはだいたいわかるのだが、日本会議がなぜ日本の政治を左右するまでの影響力を有しているのかがよくわからない。

 この本でわかることは次のようなことだ。

  • 日本会議のルーツは60年代から70年代の右翼系学生運動にある。
  • 日本会議の幹部たちは、右翼学生運動を展開した生長の家の元信徒たちで占められている。
  • 現在の生長の家は政治活動から退いている。宗教法人としての生長の家は、日本会議とは無関係。
  • 生長の家が政治活動から手を引いた結果、政治活動に熱心だった信徒たちは生長の家本体から分離してより過激な路線に向かっている。
  • 日本会議の政治主張と、自民党の政治主張の多くが重なり合っている。
  • 日本会議のコンセプトは、一言で言えば「反左翼」であり「反リベラル」である。このコンセプトのもとに、生長の家の元信者に限らず、さまざまな宗教団体が関わりを持っている。
  • 日本会議の活動が最近になって急に盛り上がったわけではなく、かつて力を持っていた左翼やリベラル陣営の衰退によって、日本会議の活動が表面に浮かび上がってきた面がある。

 日本会議については、民主的な市民運動の手法を使って日本を非民主的な国にしようとしているのが特長だ。ロビー活動に熱心な日本版の宗教右翼、日本版のティーパーティーみたいなものかもしれない。

 政治家というのは選挙票を集めるために、お付き合いでさまざまな団体のメンバーになったり集会に顔を出したりしている。国会議員の少なくない人たちが日本会議のメンバーだとして、それが「お付き合い」なのか、「団体の思想に共鳴して」なのかの区別は名簿を見ていても付かないのだ。この本は「日本会議」についてはよく調べていると思うが、「日本会議と政治家の関わり」「日本会議が政治に与えている影響力」については調査し切れていないように思う。

 日本会議の主張と、自民党の主張は確かに似かよったところがある。両者の主張は相似形であり、相関性は確かにあるのだ。しかしそれが因果性を持つのかどうかはわからない。「日本会議が日本政治に与える脅威」という話になると、それは陰謀小説めいた物語になってしまうと思う。

 とても面白い本で、特に運動の中核を担う影の中心人物をあぶり出していく終盤は、ミステリー小説のような面白さがあった。でもこの「面白さ」はくせものだろう。日本会議の活動を丁寧に追いかける前半から中盤に比べて、終盤は著者の筆がかなり踊っていると思う。小説なら構わないが、ノンフィクションが面白すぎるのも問題なのだ。

投稿者: 服部弘一郎 カテゴリー: 読書

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