梅原猛の授業 仏教

梅原猛の授業 仏教

 哲学者の梅原猛が、2001年4月から9月にかけて教徒の仏教系私立学校・洛南高等学校附属中学校の「宗教」の時間で授業した内容に加筆したものだという。授業は月2回ぐらいのペースで行われていたのだろうか。2回目の授業でサミュエル・ハンチントンの「文明の衝突」を紹介したら、最後の授業の直前に9.11テロという衝撃的な事件が起きて再び「文明の衝突」の話題に戻るという構成になる。もちろん偶然なのだが、こうしたところにこの本の時代性が表れていると思う。

 仏教についての授業ではあるが、仏教そのものの精緻な解説や入門講座ではなく、日本社会の中に長く根を下ろしてきた「仏教の道徳」を掘り起こそうとする内容だ。そのため釈迦の説いた初期仏教の教えより、日本仏教についての解説が多い。学問的に釈迦の教えや仏教各派の教えの違いを述べていくのではなく、梅原猛という哲学者の中で咀嚼吸収された知識を、梅原猛が彼自身の言葉で語っている。そのため学問的には不正確な部分も多々あるのだが(仏教に詳しくない僕から観てもおかしいと思うところがある)、そこは脚注などで補完しつつ、梅原流の仏教観、仏教通史、仏教道徳論として素直に読んでいくべきだろう。

 著者は第1回目の授業でドストエフスキーの「カラマーゾフの兄弟」を引用しながら、「宗教がなければ道徳はない」と結論づけている。なぜそう言いきれるのかは、特に明らかにされていない。終盤の授業で無神論者から宗教容認論者に転じた自分自身の体験を語っているが、それは梅原猛という個人の「信仰告白」であって、すべての人と共有できる普遍的な前提とは成り得ない。

本文への書き込み

 しかしおそらくそんなことは、著者自身が一番よくわかっていることだと思う。「宗教なくして道徳なし」と言い切れたのは、授業が行われたのが宗教系の私立学校の、しかも「宗教」の授業の中だったからに違いない。著者は「宗教なくして道徳なし」とは言うのだが、だから「宗教を信じなければならない」と言っているわけではないし、「自分はカクカクシカジカの宗教を信じている」と告白するわけでもない。宗教を手掛かりにして、道徳について考えようと言っているのだ。そして古くから日本人にとって馴染み深い仏教(日本仏教)を通じて、日本人の道徳観について考えようと提案しているのだ。

 繰り返しになるが、この本の中には不正確な部分や明らかに間違っている部分も多々ある。しかしそうした欠点を突き破ってしまう面白さも持っている。欠点を十分に理解した上で読めば、仏教通史としても、日本仏教論としても、結構面白い本だと思う。

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