「易」について勉強中

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 昨年末にふと思いついて、今年は正月から「易(えき)」についての本を読んでます。

 「黄小娥の易入門」は昭和30年代に易占ブームを起こした本の新装版で、易を占術として利用するならこれ1冊で充分でしょう。しかし僕は理屈から入る方なので、「易入門」の解説部分だけ読んで、現在は講談社学術文庫の「易の話」を読んでます。

 著者の金谷治は岩波文庫版で「論語」「大学・中庸」「荘子」を訳している漢文の専門家なので、「易の話」も内容は学術的で専門的なもの。これもかつては講談社現代新書から出ていた本の新装版とのこと。易の占術としての面白さはもちろん、思想書としての面も取り上げている本です。

 この本を読むと、易の教科書である「易経」の役目が占術だけではないことがわかります。これはローズンゲンと聖書の関係に似ているのです。

 ローズンゲンは有名な聖書日課のひとつで、1年間の日々の聖句が「クジ」で選ばれているのが特徴です。聖書には信仰や道徳や生活についてさまざまなことが書かれているわけですが、分厚い聖書の中からどこを読むかをローズンゲンの作り手が毎年クジ引きで決めているわけです。旧約聖書の中からクジでその日の聖句を選び、それに対応する新約聖書の聖句を編集部が選んでいるのだとか。こうして割り当てられた聖句を読んだ人は、それを自分自身の生活に当てはめてさまざまな解釈をするわけです。

 ローズンゲンはあらかじめクジ引きで割り当てた聖句を印刷して毎年売っているわけですが、易経の場合はクジ引きの段階から読者が関わるわけです。筮竹でもコインでもサイコロでもいいのですが、それを自分で操作して特定の「卦」を得る。そしてその卦の意味(卦辞)を易経の中から探して読む。書かれているのは占いの言葉のようなものもあれば、人生訓のようなものもある。占者はそれを、目の前にある出来事に当てはめていろいろと解釈するわけです。

 僕自身は占術にはあまり興味がないのですが、その場その時の状況によって占筮(せんぜい)を行い、該当する易経の卦辞から何かしら問題解決のヒントを得ようとする姿勢自体は、別に非科学的な迷信というわけでもないのだろうと思いました。もちろんそれは、「易とはそういうものである」とわかった上でのことでしょうけれど……。

投稿者: 服部弘一郎 カテゴリー: 日記

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