並木座の思い出

銀座並木座

 急に思い立って「黒澤明の映画」というブログを立ち上げ、以前書いていた黒澤明作品の映画評だけを集めてみた。気がついたのは、1990年代の終わりに銀座並木座でかなりの量の黒澤映画を観ていることだ。

 僕は並木座に足繁く通っていた時期がある。黒澤映画だけではなく、木下惠介、成瀬巳喜男、小津安二郎などの作品は、ほとんど並木座で観た。並木座がなければ、僕の日本映画の知識はかなり寂しいものになっていると思う。僕が「映画批評家」の名前で仕事をはじめたのは1997年だが、翌年の1998年に並木座は閉館した。

 閉館の際は大勢のファンが現場に駆けつけたようだが、僕は足を運ばなかった。仕事でもプライベートでもいろいろなことがあった頃で、気持ちの上でそんな余裕がなかったのだ。でも並木座の閉館は寂しかったし、銀座から名画座がなくなるのは「映画の街」としての損失だと思った。銀座周辺には、東宝、松竹、東映という、邦画三社の本社がある。なのにこれらの会社が製作した古い映画を、フィルムで上映してくれる映画館がなくなるなんて……。

 三原橋の銀座シネパトスがレイトショーで名画座路線を引き継いだのだが、シネパトスはやはり並木座のかわりにはなれなかったと思う。シネパトスが悪いわけではない。僕もシネパトスにはいろいろとお世話になった。でもそのシネパトスも、再開発で2013年3月末に姿を消している。少し南下した場所には松竹セントラル1〜3が入った松竹会館ビルがあったけれど、これは1999年に解体されてビルになり、跡地に映画館が作られることはなかった。(渋谷の東急会館も取り壊してヒカリエになったとき映画館が消えた。)

 映画館は消えるのだ。でもそこで観た映画の記憶は残る。僕は並木座で観た川島雄三の『しとやかな獣』や、浦山桐郎の『わたしが棄てた女』、堀川弘通の『黒い画集 あるサラリーマンの証言』、今井正の『真昼の暗黒』などを忘れないと思う。これらの映画は並木座という映画館の記憶と深く結びついているので、今後も僕はこれらの映画のことを思うたび、並木座のことを思い出すだろう。

 並木座は「建物の老朽化による建て替え」という名目で閉館になったのだが、ビルは建て替えられることなく、その後いくつかのテナントが入れ替わったはずだ。(現在は建て替えて新しいビルになったのかな。)要するに貸しテナントとしての収益性があまりよくないので、体よく追い出されちゃったんでしょうね……。

 でも閉館の時期としては、やはり頃合いだったようにも思う。当時既に旧い映画はビデオやDVDで観るのが当たり前になっていたし、並木座の観客はほとんどが中高年のオールドファンだった。客数は安定していたと思うが、やはり先細りは目に見えていたのだ。並木座は果たすべき役目を終えて閉館したのであって、誰からも愛されながら大往生を遂げたのだと思う。

 図書館から嵩元友子の「銀座並木座・日本映画とともに歩んだ四十五年」を借りてきて読んでいる。僕が知っている並木座は、閉館前のせいぜい10年前後に過ぎない。人間で言えば老境に差し掛かっていた時代だが、この本を読むと、並木座にも血気盛んな青年時代があったことがわかる。

投稿者: 服部弘一郎 カテゴリー: 日記

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