今日は映画の日だが……

稲畑勝太郎

稲畑勝太郎

 12月1日は映画の日だ。1896年(明治29年)の11月25日から12月1日にかけて、神戸の神港倶楽部で日本初のキネトスコープ興行が行われたことにちなんだ記念日で、1956年に日本映画連合会(現・日本映画製作者連盟)が制定したものだという。

 だが僕はこれにちょっと疑問があったりもする。世界的に「映画の日」と言えば12月28日で、これは1895年のこの日にパリでシネマトグラフの上映が行われたことを記念したものだ。

 キネトスコープとシネマトグラフは、だいたい以下のような違いがある。

  • キストスコープ エジソンの研究所で1893年に発明された、のぞき穴式の動画再生装置。

  • シネマトグラフ リュミエール兄弟が1895年に発明した、スクリーン映写式の映画撮影と上映のための装置。現在の映画の直接の元祖。

 1896年に日本で興行が行われたのはキネトスコープなので、我々が知っている映画とはちょっと様子が違うのだ。

 では日本でスクリーン上映式の映画がいつ初興行されたのか? それは1897年2月15日から28日にかけてで、場所は大阪の南地演芸場でのことだった。現在ここは東宝のシネコンになっていて、記念のプレートか何かが設置してあるんだったかな……。

 日本にシネマトグラフを輸入したのは、稲畑勝太郎という京都出身の実業家。彼は若い頃に染色を学ぶためにフランスに留学していて、同じ学校で机を並べて学んでいたのがオーギュスト・リュミエールだった。

 後に仕事でフランスに行ったときリュミエールと再会したところ、「ちょっと面白いものがあるぞ」と紹介されたのがシネマトグラフだったというわけ。

 ただ興行の世界というのはかなりヤクザな世界で、堅気の実業家だった稲畑はまったく興味を持てなかった。そこで関西での興行を手伝った横田永之助という男に、興行の全権を譲渡してしまった。

 この横田永之助が映画会社の横田商会を作り、それを母体にして日活が生まれるのだが、それはまた別の話。

投稿者: 服部弘一郎 カテゴリー: 日記

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