どうすれば出生率は増えるのか?

高齢世代人口の比率

平成27年版高齢社会白書(概要版)

 「希望出生率1.8の実現」という言葉がニュースでもしばしば聞かれるようになった。

 この「希望出生率」というのがなんだか怪しげな数字ではないかという話を昨日のブログに書いたが、ここに来てなぜ「希望出生率」という耳慣れない言葉が持ち出されたのかについては、東京大学大学院の金井利之教授が朝日新聞のインタビューに答えて次のような批判的解説を行っている。

「合計特殊出生率で人口を維持できる水準の2・08や2・07を目標に設定すると、現実離れだからです。それよりも低い数字で、もっともらしい数字を出したかった、というのが1点目。例えば、1966年に1・57に急落した『ひのえうまショック』の時の数値を使ってもいいのです」

 「2点目は、政府が勝手に出生率の目標を決められる筋合いはない、という批判があることです。国が決めた根拠は何なのか、と問われると根拠がないので、『当事者が希望している』という建前にして、若い世代に責任転嫁をした。『国民の希望』と言っても、本当のところは、誰の希望か分からない」

 僕は昨日の記事で、本当の意味で「理想的な子供の数」を持ち出すと、希望出生率の数字は1.94になると書いた。ではなぜ希望出生率は1.94ではなく1.8なのか。それはその「理想」が出生率1.4という現実の数字に比べて、あまりにも荒唐無稽なものに思われたからだろう。1.94はほとんど2に近い数字だものね……。

 結局のところ、「希望出生率1.8」という数値自体が辻褄合わせなのだ。金井教授は次のようにも言っているが、これが「希望出生率」と現実の「出生率」の乖離という現実の核心を突いていると思う。

「不妊治療をしている人を除けば、現在の子育て環境でこれだけの子どもが欲しい、という希望は、現在の実現した出生率の数値そのものなのです」

 合計特殊出生率1.4というのが、現在の日本人が日々の生活という現実に照らして希望している子供の数なのだ。

 しかしながら、「打つ手がないなら少子化は放置しておけばいい」というものでもない。内閣府が発行している高齢化白書によれば、このまま少子化と人口減少が続けば2060年には日本の総人口は9,000万人を割り込む。高齢化率(65歳以上人口の割合)は4割近くに達し、65歳以上の高齢者を、15歳〜64歳の労働人口1.3人で支えることになる。これってどう考えても、まともに社会を維持していくのが不可能でしょ?

 僕などはこうした現実を見ると、「労働人口の比率を上げるためには移民受け入れしかないじゃん!」と思うわけだが、政治家たちはまだ移民受け入れをかたくなに拒んでいる。病気やけがで大出血しているなら、失われた分の血を外部からの輸血で補うしかない。もちろん輸血は万能ではないし、感染症の危険もあるだろう。でも今この時に失血死してしまうなら、そうしたリスクを負っても輸血に頼るしかないのだ。

 出生率は今なにか対策をしても、それがすぐに労働人口の増加に結びつくわけではない。今日生まれた子供が成長して納税者になるには、どう短くたって15年や20年はかかるのだ。だからこそ、早めに対策をしなければならない。今よりさらに高齢化が進んで行けば、若年層は高齢者を支えることで手一杯になり、とても出産だの子育てだのと言っていられなくなる。そうなってからでは手遅れだ。(もう手遅れになりかかっているんだけどね……。)

 政府は新婚世帯の家賃軽減や不妊治療への支援拡充、三世代同居や親子近居の促進などで希望出生率1.8の実現を目指すと言っているのだが、まるで遠回りでお話にならない。新婚世帯が住めるような公共住宅や公営住宅は今でもたくさんあるし、不妊治療の支援拡大が少子化拡大に寄与するとも思えない。三世代同居や親子近居は、高齢化した親も仕事を持っている(定年は65歳で、それ以降も高齢者の雇用は増えていくだろう)時代に難しい面もある。

 それよりもなぜ独身税や子無し税を導入しないのか。こうした税を新規に導入すればいろいろな批判もあるだろうが、日本全体を増税した上で、既婚者や子育て世代に税の軽減策を設ければいいのだ。日本の老齢年金は世代間扶養だから、子供がいない人も老後は若年世代から経済的な支援を受けることになる。その若年世代は、その親たちが自分たちで身銭を切って生み育てた子供たちなのだ。

 子育てにはお金がかかる。だから少子化対策としては、その子育て世代の負担軽減が有力な方法になる。財源は子供がいない人から徴集し、子供がいる人に回すしかないだろう。

 その上で、やはり移民受け入れは不可避だと思う。

 一度に大量の移民を受け入れれば社会的なインパクトが大きくなりすぎだし、そもそも日本国内には受け入れ体制が整っていない。日本語学習や就労支援だけでも膨大な人手と費用がかかるのだ。だから今から、移民を少しずつ受け入れるようにすればいい。まずは海外の日本語学校で日本語を習得し、日本の生活習慣やマナーなどを一通り知った上で日本に来てもらう。今ならまだ、そうやって日本に来る人材を選り好みする余地があるだろう。

投稿者: 服部弘一郎 カテゴリー: 日記

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