勝新太郎の対談集を読む

泥水のみのみ浮き沈み

 図書館で借りてきた「泥水のみのみ浮き沈み 勝新太郎対談集」を読み終えた。1992年から94年まで掲載されていた対談記事をまとめたものだが、これが掲載されたものの全部なのか、それとも雑誌掲載分からのいいとこ取りなのかはわからない。

 対談の相手を勤めるのは、映画評論家の白井佳夫、タレントのビートたけし、俳優の三國連太郎、作家の瀬戸内寂聴、政治家で作家の石原慎太郎、俳優の森繁久彌、歴史小説家の津本陽、そして妻で女優の中村玉緒。この中でもっとも異色なのは、ビートたけしとの対談。他の対談相手に対しては勝新側もかなり気をつかったり敬意を払ったりしているのだが、たけしが相手だとまったく相手にしていない。たけしが勝新に対して気をつかい、萎縮しているのが伝わってくるようなのだ。

 もっともこうしたことは、勝新とたけしの間で暗黙のうちに行われている即興芝居のようなものなのかもしれないけれど……。

 対談の中でもしばしば触れられているのだが、この時期の勝新は1990年にマリファナとコカインの所持でハワイで逮捕されて、映画やテレビ出演など俳優としての芸能活動が事実上できない状態だった。その彼に対して対談相手が「もったいない」「早く復帰してほしい」と言うのは、半分はリップサービスで半分は本気なのだと思う。ただこの時期はバブルも崩壊して、映画であれテレビであれ勝新太郎を使おうとするスポンサーは現れなかったんだろう。

 戦後の映画黄金時代に映画界に入り、デビュー作は1954年の『花の白虎隊』。しかし映画人口のピークは1958年で、その後は映画の売上が急坂を転がり落ちるようにダメになっていく。勝新太郎が売れ出したのはちょうどその頃。彼は斜陽の映画界の中で、映画がどんどんダメになっていく様子を横目にながめながら、それに抵抗し続けた俳優なのだ。

 勝新太郎と言えば『影武者』(1980)の降板事件なのだが、それから10数年たって勝新本人が黒澤明や『影武者』について少し語っている部分があって興味深かった。

黒澤さんは、タクトを振りすぎるんだよ。タクトを振りすぎるから、「はいっ」て返事するけどみんな小道具になっちゃうんだよ。役者じゃなくなっちゃうんだよ。ただ、「はいっ」「はいっ」って、優等生になっちゃってな。(P44)

 先日『乱』(1985)を観て「黒澤明はフォルマリストだなぁ……」とつくづく思ったので、勝新太郎による黒澤演出批判というのも「やはりそうなんだろうな」と思った次第。

投稿者: 服部弘一郎 カテゴリー: 日記

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