『影武者』から勝新が降板した理由

偶然完全 勝新太郎伝

 図書館で借りた「偶然完全 勝新太郎伝」を読み終えたので、返却前に図書館収蔵の他の勝新太郎関連本を予約することにした。「偶然完全〜」は知らなかった話もいろいろ書かれていて面白かったのだが、中でも興味深かったのは黒澤明の『影武者』(1980)から勝新太郎が降板するくだりだ。

 この降板騒動についてはいろいろな人がいろいろなことを書いているので、今となっては……いや当時ですら、何が降板の原因だったかはよくわからなかったはずだ。ひょっとしたら、黒澤や勝新太郎本人にも、なぜあのようなことになったのか本当のところはわからなかったかもしれない。

 「偶然完全〜」に書かれているのはあくまでも勝新サイドからの見方であって、黒澤側にはまた別の言い分があると思う。ただ今回この本を読んで、当時の黒澤明が向かっていた徹底したフォルマリズムの世界と、勝新太郎が目指していた即興の芝居の世界は、やはり根本的に相容れないものであったようにも思う。

 勝新が降板させられた直接のきっかけは、彼が撮影現場にビデオカメラを持ち込んで、自分の芝居を撮影しようとしたからだった。だがビデオ事件がなくても、両者の衝突は不可避だったのかもしれない。黒澤はそれを何となく察して、具体的な問題が生じる前に勝新をクビにしてしまったのだろう。

 この本のタイトルにある「偶然完全」を求める勝新太郎と、自分自身の頭の中にある具体的イメージを、自分のコントロールできる範囲で画面に定着しようとするフォルマリストの黒澤は、決して交じり合わない水と油なのだ。勝新太郎はそれでも黒澤に従って黒澤映画の一コマになるつもりだったと思うが、勝新太郎がそれだけで収まるはずがない。

 撮影がある程度進んでから問題が生じるより、黒澤は問題を未然に排除することを選んだ。

 東宝で三船敏郎と組み、気心の知れたスタッフ同士で天皇のように振る舞っていた黒澤であれば、野生児の勝新太郎をコントロールできただろうか? それもやはり、無理だったように思う。黒澤が組んでいた三船敏郎は、事前に徹底的に脚本を読み、完全に台詞が入ってから撮影現場にやって来る俳優だった。舞台出身の仲代達矢も、脚本は徹底的に読み込んで台詞を全部覚えている。

 でも勝新はそういうタイプではない。『影武者』では脚本を真っ黒になるまで読み込んでいたらしいが、それでも撮影が始まれば、彼は自分の中からあふれてくるアイデアをまず優先したのではないだろうか。『影武者』では長年黒澤作品の音楽を担当してきた佐藤勝も、黒澤との意見対立で降板している。当時の黒澤明には、自分に意見してくる相手を説き伏せて一緒に仕事をしていくだけの咀嚼力や消化力がもうなかったのかもしれない。

 今日は自宅で昨日観てきた映画の感想を書いていた。明日からはまた映画祭だ。

投稿者: 服部弘一郎 カテゴリー: 日記

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