『日本のいちばん長い日』を観てきた

日本のいちばん長い日

 『日本のいちばん長い日』を観てきた。あらすじや感想については映画瓦版に書いたのだが、そこに書き切れなかったことについて少し書いておく。

 原田眞人は好きな監督だが、役所広司とは相性がいいようで、『KAMIKAZE TAXI』(1995)、『バウンス ko GALS』(1997)、『金融腐蝕列島 呪縛』(1999)、『突入せよ!「あさま山荘」事件』(2002)、『わが母の記』(2012)でも一緒に組んでいる。他にもあったかな? 僕は『わが母の記』以外は観ているけれど、『KAMIKAZE TAXI』や『バウンス ko GALS』は映画としても勢いがあって良かったなぁ……。

 宮城事件については1967年の岡本喜八版の方が丁寧に描かれていて、各方面の了承を取り付けようと右往左往しながら次第に追い詰められて行く青年将校たちの焦燥感が、モノクロ画面の中で徐々に煮詰まっていくのは迫力があった。岡本版……というより橋本忍の脚本の焦点になっているのは、玉音放送までの24時間にクーデターが成功するか否かというタイムリミット型のサスペンスにある。映画を観ている人はもちろんこのクーデターが失敗することを知っているわけだが、だからこそあらかじめ決められている「失敗」に向けて突き進んでいく青年将校たちの狂気じみた姿と、同じく終戦の日の朝に割腹自殺を遂げた阿南陸相の姿が重なり合って異様な熱量を発することになる。

 岡本版に比べると今回の原田監督版の宮城事件はずっとあっさりした描き方になっているが、それは映画の焦点が昭和天皇による2回の「聖断」にあるからだろう。岡本喜八版だと序盤であっという間に天皇の聖断が下ってしまい、そこからタイトルが出て映画そのものが勢いよく動き始める。聖断によって決した終戦への動きと、それを阻止しようとするクーデター計画が火花を散らして衝突するのだ。だが原田版は「聖断」に至るまでにたっぷりと時間を費やし、終戦の詔勅の文面が決まったあとは、もう物語としては付け足しなのだ。

 反乱軍のリーダー(?)になる畑中健二少佐は、岡本喜八版だと黒沢年男が演じ、今回の映画では松坂桃李が演じていた。この反乱のクライマックスは森赳近衛師団長殺害シーンだろうが、岡本版では追い詰められた末の暴発のように描かれていた森師団長の殺害が、「時間がないから撃つしかない」という冷徹さに置き換えられていたのは大きな違いだと思う。

 この前に畑中少佐が田中東部軍司令官のところに押しかけ、「帰れ!」と一括されて引き上げる場面がある。岡本版の黒沢年男はこの時「えっ。なぜ?」という表情を見せてうろたえながら引き下がるのだが、今回の松坂桃李は「えっ?」という顔はしてもうろたえない。そのままパッと敬礼してあっという間に引き下がる。彼は頭の中で「プランAがだめならプランBへ」と切り替えて行ける人間で、その延長に森師団長の殺害と偽命令の発令があるのだろう。

 そういうわけで畑中のキャラクター設計には新しさを感じるのだが、彼を追い詰めていく過程はやはり岡本喜八版の方がしつこくて徹底していたと思う。「戦い続けることを諦めきれない男たち」の物語を岡本版は畑中のエピソードに集約していくのだが、今回の原田版はそれに「聖断」で決着を付けちゃってるからね……。

投稿者: 服部弘一郎 カテゴリー: 日記

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