それって敗北主義じゃないの?

IMG_7106

 最近の政治状況については、右と左や、保守と革新の対立ではなく、現実主義と理想主義の対立だと言われることがある。自称保守の人々は左派リベラルの主張を、「理想主義に過ぎる」「空想的でお花畑だ」と小馬鹿にする。日本国憲法や沖縄の基地問題、最近の安保関連法制についての議論も、同じような対立だとされるわけだ。

 例えば以下のような具合……。

  • 日本国憲法前文にある『平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した』というのは国際社会の現実を無視した理想主義で、こんなもので平和が守れるはずがない。

  • 日本の防衛を日本一国で行おうと思えば膨大なコストがかかるので、沖縄の駐留米軍基地はどうしても必要。沖縄の負担は金銭的に解決するのが現実的で、沖縄から基地を減らすのは安全保障の面からあり得ない。

  • 日本国憲法は改正するのにとても手間がかかる硬性憲法なので、実際に改憲発議をするのは現実的ではない。憲法違反という批判を受けても、必要な法整備をするのが現実的な対応である。

 なんかこういう「保守派」だの「現実主義者」だのの言い分を見ていると、僕はウンザリしてくるのだ。これって本当に現実主義なのだろうか? むしろこれは「理想を追うのは疲れるから、努力せずに手に入れられるホドホドのところで妥協しておこうよ」という「敗北主義」なんじゃないの?

 これは「受験のために猛勉強したって目指す大学には入れるとは限らない。それよりも勉強せずに入れる、もう1ランクか2ランク下の大学に入って学園生活を楽しんだ方がいいよ」という話と同じでしょ?

 あるいは「好きな女の子ができたから告白したい? ああ、その娘はきれいだからきっと彼氏がいるよ。高嶺の花は憧れの対象であって交際の対象じゃないと割り切るのが現実的だな。それより、別のあの娘はどうだい? こないだ聞いた話だと、お前のこと好きだって言ってたよ」みたいな話でしょ?

 もう最初から「ダメだから」という前提で何でも決めてしまう。これは敗北主義だ。世の中にはそういう人向けに、「負けるが勝ち」とか「逃げるが勝ち」という言葉もあるわけだけど、こんなものは断じて現実主義ではあり得ない。少なくとも政治の世界ではこんなことを言う人がいるなら、そんな人は政治家を辞めた方がいいと思う。

 僕は「政治は理想を追うものでなければならない」と思うのだ。リベラルであろうと保守であろうと、政治家であれば理想を追い、理想について語り、理想を現実にするために力を尽くすべきなのだ。最近はそれを「お花畑的な妄想だ」と鼻先で笑う連中が多いのだが、それは間違っている。

 現実主義とは「理想の実現」のために、実行可能な方法を提示し遂行することだ。理想を高く掲げつつ、その高みに至る道をいかに踏み固め、盤石な階段に作り上げていくかに腐心する。それが現実主義というものだろう。一方で「理想主義者」と揶揄される人たちは、そうした具体的な方法論が欠如している人たちのことかもしれない。だが政治の世界では理想主義者も現実主義者も、同じように高い理想を掲げるべきなのだ。

 例えば憲法前文にある『平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した』は確かに理想的すぎるかもしれない。だがこの理想を掲げずして、どこに国際協調や平和があり得るだろう。

 安倍首相は「我々は誰も戦争を望んでいない。平和のための法律を戦争法案と揶揄するのは止めてくれ」と国会で息巻いた。だがこれは世界中どこに行っても同じことではないのか。中国や北朝鮮の指導者も、「我々は戦争ではなく平和を望んでいる」と言うだろうし、おそらくそれは本心だと思う。でも「平和」を手に入れるための方法が、中国の場合は周辺国の蹂躙や海洋進出であり、北朝鮮の場合は核兵器やミサイルの開発なのだ。

 我々はそれに対して、『いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであって、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務である』と説くしかない。理想主義だろうと非現実的だろうと、国際社会の「あるべき姿=理想像」を提示して、それに従ったり、それに近づいたりする努力をうながすことが大事なのだ。(言うまでもなく、これは日本国憲法前文の中の言葉だ。)

 アップルのカリスマ的な創業者スティーブ・ジョブズは、周囲の人に具体的なビジョンを提示してその気にさせ、そこに向かって人を動かす名人だった。「誰でも使えるコンピュータ」としてMacintoshが生まれ、「フルCGの劇場用長編映画を作るスタジオ」としてピクサーが大躍進し、「音楽マーケットの革命」としてiTunes Storeが生まれ、「手のひらの中のコンピュータ端末」としてiPhoneが生まれた。

 ジョブズと同じようにコンピュータ業界の未来を夢想する人たちは山のようにいたのだが、ジョブズがすごいのは彼が徹底した現実主義者でもあったことだ。彼は自分の夢を実現するために、誰の力を借り、誰を配下に従えて、どのような技術を開発し、具体的にどのようなステップで実行していけばいいかを具体的にイメージすることができた。

 理想を実現しようと具体的な努力する人たちだけが、現実主義者という名に値する。「そんな理想は実現できっこない」と最初から諦めたり、中途半端なところで妥協する人たちは、単なる敗北主義者に過ぎない。現在の日本は、敗北主義者だらけになってしまっているように見える。

投稿者: 服部弘一郎 カテゴリー: 日記

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中