「闇サイト殺人事件」で死刑執行

神田司死刑囚

画像:産経新聞

 2007年に名古屋で起きた「闇サイト殺人事件」で死刑判決を受けていた神田司死刑囚に、死刑が執行されたのだという。

 だからどうしたというわけでもない。死刑は確定しているのだから、死刑が執行されることはあり得るだろう。この事件の場合は本人も事実関係を争っていないし、本人が控訴せずに地裁判決が確定している。疑うことなき凶悪殺人犯で、死刑制度があり、死刑判決が出て確定している以上、いつ死刑になっても不思議はない確定死刑囚のひとりだったのだろう。

 でもこれってこうやって凶悪事件の死刑囚をたま〜に処刑することで、国民全体に「やはり死刑は必要だ!」と思わせているだけなんだけどね。

 これはブログでも何度か書いたけど、日本では人を殺しても滅多なことでは死刑にならない。日本で1年間に起きる殺人事件は1,000件ぐらいあって、ほとんどの犯人が捕まっている。だが裁判で死刑が確定するのは、年に10人前後。最近は厳罰化の傾向があるけど、それでも殺人罪で捕まった犯人のうち、死刑判決を受けるのはまあ1%ぐらいのものなのだ。

 さらに死刑が確定しても、施行される数はそれよりずっと少ない。今回の神田死刑囚に対する死刑執行で、安倍内閣2年半の間に12人目の死刑執行なのだという。これって1年に5人弱のペースだから、拘置所の中には未執行の死刑囚がどんどん増えていくことになる。入口よりも出口の方が狭いんだから、これは当然のことなのだ。

 僕は死刑囚の中で実際に刑が執行されるのは、多くて半分、実際には3人か4人に1人ぐらいだろうと思っている。現在日本の拘置所の中には100人以上の未執行死刑囚がいる。執行のペースを上げて「在庫一斉セール」をすれば話は別だが、中国や北朝鮮じゃあるまいし、そんなハイペースの死刑執行が許されるはずがない。

 死刑制度を支持する人たちの中には、「凶悪犯を刑務所の中で生き長らえさせるために税金を使う必要はない。どんどん死刑にしてしまえ」と言う人がいる。でも現実には、死刑囚の多くはその全生涯を拘置所の中で過ごすのだ。最後は死んで裏口出所となる。日本の死刑は事実上「仮釈放なき終身刑」と同等の刑罰なのだ。

 そうした中でたま〜に死刑執行が行われるのは、国民に対して「日本にはまだ死刑制度があって凶悪犯は死刑になりますぜ」とアピールするぐらいの役には立っている。国民の多くは数字に疎いので、こうしたニュースを見れば「殺人犯=死刑」と思い込んでしまうのだ。でも実際は、ほとんどの殺人犯が死刑にならないんだけれど……。

 僕は「死刑は廃止しちゃってもいいんじゃねの?」程度のライトな廃止論者なので、こうした執行について不満もないし、声高に抗議の声を上げるつもりはない。こうしたニュースを見て「人を殺せば死刑は当然だ!」と叫ぶ人たちを「バカだなぁ」と思うだけだ。

 まあそういう意味では死刑執行にも、一罰百戒の宣伝効果はあるってことなんでしょうね。

 死刑廃止論者には「お前は自分の家族が殺されても犯人を死刑にするなと言えるのか?」という質問が常に突きつけられるようだけど、そんな質問をする人たちは日本の死刑制度についてじつは何も知らないのだと思う。

 自分の家族がどこかの誰かに無残に殺され、その後、警察の捜査で犯人が逮捕されたとしよう。でもその犯人は、まず99%の確率で死刑判決を受けることがないのです。そして仮に死刑判決が出て確定したとしても、実際に死刑が執行される確率は3分の1か4分の1に過ぎないのだ。

 だから僕は死刑肯定論者にこう質問したい。「あなたは自分の家族が殺されたとき、犯人が死刑になると思っているんですか?」と。「当然死刑になる」と考えているなら、まず現実をよく見ろと言いたいね。

投稿者: 服部弘一郎 カテゴリー: 日記

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