靖国神社はどうなっていくのだろうか?

靖国神社

 半蔵門の試写室で映画を観た帰り道、時間があるとJRの市ヶ谷駅まで歩くことが多い。今日は少し足の向きを変えて靖国神社に立ち寄り、九段下まで歩くことにした。靖国神社は時々近くを通るのだが、境内に入ったのはもう何十年かぶりだと思う。子供の頃に来たことがあるはずなんだけど……。

 靖国神社の印象は、他の神社とはまるで違う。人工的に整備された巨大空間で、明らかにそこだけ異質な空気が支配しているのだ。作りとしては伝統的な神社なんだろうけど、受ける印象は鉄筋コンクリートの築地本願寺に近いかもしれない。そこに伝統と歴史のにおいは感じられない。しかしそれは紛れもなく神道形式の神社であって、一部の政治家が「靖国神社を国の施設に戻したらどうか」といった話が、まったくあり得ないものであることもわかる。

 靖国神社については政治的にも外交的にもあれこれ言われることが多いのだが、こんなものは放っておけばあと50年か100年で消えてなくなるものなのではないだろうか。靖国神社はもともと戊辰戦争でなくなった官軍兵士を祀ったわけだが、明治以降も各地で起きた士族の反乱の鎮圧があり、対外的には、日清戦争、日露戦争、日中戦争、太平洋戦争などで、多くの御魂が神社に合祀されることになった。しかし明治から昭和前期のように大量の御魂が祀られる歴史は、もう70年間途絶えているのだ。

 靖国神社は戦争で家族を亡くした人たちが、家族に再会できる場所だった。しかしそうした家族の記憶も、もう遠いものになっている。戦争で子供を亡くした人は、もうほとんど生き残っていない。配偶者を亡くした人も、兄弟を失った人も、友人を失った人も、かなり高齢になっている。現在の参拝者の中心は、戦争で親を亡くした人や、さらにその子供の世代だろう。

 もちろん直接家族と関係がなくても、国を守るために命を捧げた人たちに感謝して、靖国神社に参拝する人たちもいるに違いない。でもそれは少数派だと思う。なんだかんだ言って、そこには死の実感がないからだ。身内を失ったことによる、血の出るような苦しみがないからだ。

 靖国神社は少しずつ、顔の見えない神社になって行く。多くの日本人から、距離のある存在になっていく。でも「戦争神社」としての靖国神社が平和な国の中で役目を終え、少しずつ存在感を希薄にしていくならそれはいいことなのだろう。

 もっとも今から数年後、あるいは十数年後には、日本の自衛隊員が海外で犠牲になるだろう。そのときは再び靖国神社が注目されるようになるかもしれない。

投稿者: 服部弘一郎 カテゴリー: 日記

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