早稲田松竹も観客は高齢化?

リトル・フォレスト

 久しぶりに高田馬場の早稲田松竹に行った。『リトル・フォレスト』2部作を観るためだったのだが、その感想は映画瓦版に書くとして、問題は早稲田松竹の客層が昔とはずいぶん違っていたことなのだ。

 まあ一言で言えば「客層が高齢化している」のだ。昔は学生や20代の若い観客が早稲田松竹の主要な客層だったと思う。名画座でも銀座並木座や新宿昭和館は中高年が多かったけど、早稲田松竹やギンレイホールは客層が若かった。文芸坐も若い人が多かったように思う。ところがこれが高齢化しているのだ。

 少し前に新文芸坐に行ったとき、客のほとんどが中高年だったことに驚いたことがある。この時は上映プログラムの内容や平日昼間という時間帯の問題かとも思ったのだが、今回早稲田松竹に行って「東京の名画座は客が高齢化しているのだ」と考えるに至った。

 まあサンプル数としては少ないし、劇場側に問い合わせて確かめたわけでもないのだが、たぶん間違いないと思う。(ギンレイホールあたりも確認しておきたいけど、これはまた後日考えよう。)

 これはおそらく、かつて名画座を支えていた「若い観客」が、そのまま年をとって中高年になっているということなんだと思う。客層が新陳代謝していないのだ。本来新しい客として入ってくるべき現在の学生や20代の若者たちは、生まれたときから家にビデオがある世代だ。テレビで観る映画に何の抵抗感もない。レンタルDVDや動画配信を使って映画を観れば、名画座で2本立てを観るよりずっと安く、早く、好きな映画を鑑賞することができる。

 実際には時間帯や曜日によって、若い観客が多いときもあるのかもしれないが、全体として観客の年齢層が高齢化していることは間違いないだろうな……。

 現在の中高年映画ファンは「映画はスクリーンで観てこそ映画」と思っている人が多いから、時間があるときに名画座に移行と考える人も多いのだ。でもいずれそうした人たちは少数派になる。今から20年もたてば、「テレビで観ても一緒じゃん!」という人たちが中高年になるのだ。その時、名画座は誰を観客にするんだろうか? 僕はこのままだと、名画座が完全消滅するのも時間の問題のような気がしている。

 もちろん映画は大きなスクリーンで観ることを前提に画面や音響の設定がされているわけで、「映画はスクリーンで観てこそ映画」なのは事実なのだ。でもその価値に対してお金を払う人がいなくなれば、映画をスクリーンで観る環境は今後どんどん狭まっていくだろう。

 ところで名画座については2本立て上映をやめて、1本ずつの入れ替え制にした方がいいのかもしれない。例えば早稲田松竹だと2本立てで大人は1,300円、学生は1,100円なのだが、これを1本ずつ入れ替えで大人は700円、学生は600円にした方が現在の観客のニーズに合うかもしれないと思ったりもする。その上で「1日通し券」はこれまでと同じ料金にすればいい。もっとも入れ替え制にすると、観客の待機場所をどこに確保するかなど、現在の名画座では難しい問題がいろいろと出てくるのだけれど……。

投稿者: 服部弘一郎 カテゴリー: 日記

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