それは本当にテロなのか?

NHKニュース

 チュニジアで外国人観光客に向けた発砲事件が起き、日本人も何人か犠牲になったようだ。テレビではもっぱらこれを「テロ」として報じているのだが、この手の事件で一足飛びに「テロ」といきなり断言してしまうべきなのかどうなのかがよくわからない。

 テロとテロではないものを分けるのは何なのだろうか? 犠牲者が大勢出ればテロだというわけではない。そこに政治的な意図があれば犠牲者がひとりでもテロで、政治的な意図がなければ犠牲者が大勢いてもテロではない。

 例えば政治家の暗殺はテロだ。殺さなくても、脅迫するだけでもテロになる。しかし秋葉原で起きた無差別大量殺人はテロとは呼ばない。アメリカでは時々公共の場所で銃乱射事件が起きて大勢が犠牲になるが、これはテロとは呼ばれない。シリアルキラーが何十人殺そうとも、そこに政治的な意図がなければテロではない。そもそも「無差別殺人」は、「無差別」であることに政治的な意図を込めようがないためテロになりようがない。

 オウム真理教の地下鉄サリン事件は、「霞ヶ関の官庁街を狙う」という政治的な目的があったので(目的は果たせなかったけれど)テロだろう。でも事件が起きた直後は、それは事件が起きたというだけであってテロだと断言できるものではなかった。

 さて、ではチュニジアの事件はどうなのか?

 犯人は射殺されてしまったので真相はわからないが、「むしゃくしゃしてやった。相手は誰でもよかった」とか「死刑になりたかったが自分で死ぬ勇気がなかった。人を殺せば死刑になれると思った」というような動機だった可能性はないのか?

 事件直後に「これはテロだ!」という話が出てくると、なんだかそれをテロだと言うこと自体が目的であるかのように思ってしまうんだけどなぁ……。

投稿者: 服部弘一郎 カテゴリー: 日記

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