そんなに名前や顔を知りたいの?

Blogos

 ニュースサイトBLOGOSが利用者に「川崎中1殺害、18歳少年の実名・顔写真報道は必要?」というアンケートをとったら、なんと8割以上が必要だと答えている。

 これは「報道すべきか?」とか「報道することは問題ないか?」ではなく、それが「必要か?」と問うているところが面白い。一体それが誰にとって必要なのかはイマイチ不明確だけど、まず第一義的に「それはわたしにとって必要か?」ということだと思う。

 なんと世の中の8割以上の人が、川崎中1殺害事件の犯人について、実名や顔写真が必要だと考えているらしい。なんだかすげ〜世の中だな。驚いちゃったよ。

 「必要」というのは広辞苑によれば「必ず要すること。欠くことのできないこと。なくてはならないこと。必用。必須」という意味だという。言い換えるなら、それは「なければ困るもの。ないと支障が生じること」なのだと思う。

 でも18歳少年の実名と顔写真がないことで、我々の生活にいったいどんな不便が生じるというのだろうか? どんな不都合が生じるというのだろうか?

 少なくとも僕にとって、そんなもの、必要でも、必用でも、必須でもないよ。なくても何も困らない。まあ僕はそもそも人の名前と顔を憶えられない人だから、自分の周囲にいる人たちの名前や顔も覚えちゃいないんだけどね。

 ましてや川崎の事件の容疑者なんて、僕にとっちゃ赤の他人でだよ。そんなもの知ったところで何になる? それを知ったことで、何か僕にメリットがあるのか? それを知らないことで、僕に何らかの不都合が生じるのか?

 このアンケートに「必要」と答えてしまう人が8割もいるということが、(まあアンケートをとっているのがBLOGOSだということを差し引いたとしても)ちょっと異様で異常なことのように思うんだけど、それって僕の感覚の方が世の中からズレてるのかなぁ……。

投稿者: 服部弘一郎 カテゴリー: 日記

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