夫婦別姓は法律婚の強化につながる

夫婦別姓・女性の再婚禁止期間(朝日新聞)

 最高裁が「夫婦別姓」や「女性の再婚禁止制限」について、大法廷で審理することに決めたとのこと。以下、朝日新聞デジタルの記事からの引用。

 民法が定める「夫婦の別姓は認めない」とする規定と、「女性は離婚後6カ月間は再婚できない」という規定が憲法に違反するかが争われたそれぞれの訴訟について、最高裁は18日、15人の裁判官全員による大法廷(裁判長・寺田逸郎長官)で審理することを決めた。両規定について、合憲か違憲かを初めて判断するとみられる。

 大法廷の審理は過去の判断を改めるときに行われることが多いため、今回の審理によって民法が規定する夫婦同姓の規定が改められたり、女性の再婚禁止期間を6ヶ月とする規定が改められる可能性があるらしい。僕自身は女性の再婚禁止期間については不合理だと思っているので、これは改められる方向に向かうのがよいと思う。

再婚禁止規定の不合理

 女性の再婚禁止規定は、離婚した女性が妊娠していた場合、子供の父親が誰なのかを推定しやすくするためという大義名分があってのものだ。だがこれは、女性が法的に婚姻関係にある相手としか性交渉を持たないという前提で成り立っている。

 でもそんなことってあり得ないでしょ?

 まず第一に、女性が婚姻関係にある夫を持ちながら、他の男性と性交渉を持つことは十分にあり得るわけです。それを不倫だの浮気だのと非難する人も多そうだけど、実際には夫が失踪して行方不明になっていることだってあるだろうし、夫のDV被害から逃れるために女性が家を出ていることだってあるでしょう。

 こうした極端な例ではないとしても、離婚する夫婦が実際に離婚届を出す前に、数ヶ月から数年の別居期間を置くということはままあること。「世間体が悪い」「会社に報告すると出世に響く」「まだ何となく未練がある」「親権や養育費や財産分与の問題で話し合いが付かない」などの理由で、なかなか離婚届を提出できないことはざらにあるわけです。

 こうしてダラダラと正式な離婚まで時間がかかっている間に、新しい交際相手ができることもあるでしょう。その相手と性交渉を持つこともあるでしょう。それを「不倫」とか「浮気」と言うことはできないわけです。法的にも結婚が破綻して以降に配偶者以外の相手と関係を持つことは、不法行為としては認められない。それが常識的な判断でしょう。

 次にバカバカしいのは、民法は独身女性が交際相手と性交渉を持つことを想定していないという点。再婚禁止期間を6ヶ月設ければその間は女性が誰とも性交渉を行わないはずなので、この間に妊娠が発覚すればそれは前の夫の子供だと考えるわけです。少なくとも法律の中では、女性は結婚するまで交際相手とセックスしないことになっている。

 でもこれって、現実をまるで無視してないかい? まるでバカバカしい空理空論だよ。だからこんな規定はすぐにでも取っ払うべきだと思う。

夫婦別姓を認めることは法律婚の強化

 夫婦別姓については自称保守派から反対意見が多いようですが、僕はむしろ保守派の人間こそこの制度を支持すべきだと思うんだけどな……。

 なぜなら夫婦別姓は別姓のまま法律的な夫婦として認めるわけだから、これまでよりも「法律婚」の範囲が広がるのです。国家によって管理された「家族」の範囲が、これまで以上に広がると言ってもいい。これはむしろ、さまざまな形で個人の生活に介入したい国にとっては、都合のいい制度なんじゃないだろうか。

 もちろん同姓を選ぶか別姓を選ぶかは当人たちの自由な選択になるわけだけど、これまで「事実婚」を選んでいた人たちを「法律婚」の枠の中に取り込むことで、さまざまな保護や規制の網をかけていくというのは国を運営する人たちからすれば悪い話ではないはず。

 また世の中に大勢いそうな「若い同棲カップル」に対しても、「どうせなら入籍しちゃった方がいろいろと有利なことがあるよ」と甘い言葉をかけるきっかけになるはず。日本の場合は「結婚するか否か」が子供を生むか生まないかの大きな分かれ道なので、法律婚の範囲を拡大させてより多くの若いカップルを「結婚」の中に取り込んでしまうことは少子化対策にもなるかもしれない。

 ただし僕自身は「法律婚の強化」より、事実婚の権利を拡大させて法律婚との差をなくしていくべきだと考えている。その方が、例えば今話題になっている「同性愛カップルの権利」なども拡充していく可能性が高いしね。だってどう考えたって日本では、同性結婚を認めるまでの道のりは長そうだもんね。それよりは事実婚の枠を広げて、同棲カップルにも「内縁の夫婦」と同程度の権利を与えるのが近道だよ。

 僕は「結婚」や「家族」など個人のプライベートな領域に、国家があまり介入してくるのはよろしくないと考えている。だから夫婦別姓の導入には、むしろ反対なのです。国が認めるオフィシャルな夫婦関係なんてものは、ガチガチに硬直化した狭い関係で構わないと思う。そのかわり社会の実態に合わせて、法律婚の外にある生活上のパートナー関係を、きちんと認めていく方がいいと思うんだけどね。

 「本当の夫婦であるか否か」なんてことを、国に認めて貰う必要なんてあるのかな。本人と周囲の人たちがそれを「夫婦だ」と認識し、国がそれを追認するという形でいいんじゃないだろうか。家族の有り様は今後も多様化していくだろうし、人の考え方も今後どんどん変化していく。夫婦別姓を制度として認めたとしても、その制度はじきに実態に合わないナンセンスなものになるかもしれない。

 それは女性の再婚禁止規定と同じこと。かつてはこの規定が、何らかの現実的な意味を持っていたこともあるのでしょう。でも今はそれが実態に合わなくなった。そのため法律が考える結婚の姿と実態との隙間で、苦しめられている人が大勢いる。夫婦別姓についても、それと同じことは必ず起きる気がするんだよね……。

投稿者: 服部弘一郎 カテゴリー: 日記

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