言論・表現の自由と文明の衝突

CHARLIE HEBDO

 フランスの新聞社がテロリストに襲撃された事件を受けて、「言論の自由」や「表現の自由」についての議論が日本でも行われているようだ。ただここで「他人を傷つけるような自由はない」とか「宗教を馬鹿にするような表現の自由は許されない」という話が出てくると、日本では表現の自由や言論の自由についての理解がやはり遅れていると思わざるを得ない。

 まあ僕自身、この問題について詳しく学んでいるわけでもないのだが、それでもなおかつ、現時点で僕が知り、理解している範囲でのことを書いておきたいと思う。

 僕が「言論の自由」という言葉が連発されることについて「なんだかおかしな話だ」と思ったのは、今回の事件がきっかけではなく、もう今から20年以上前のパソコン通信時代だった。そこではネットワークを通じて利用者同士の意見交換が行われていたのだが、中には意見対立から「バトル」と呼ばれる論戦が生じることもある。時としてその中で「俺が何を言おうと言論の自由だ。それをやめろと言うのは言論の自由を保障した憲法に違反する」などと言う人がいたわけだ。(いや、ひょっとしたら、僕もそんなことを言っていたのかもしれないけど……。)

 でもこれはおかしい。日本国憲法に明記されている言論の自由というのは、公権力によって言論活動が制約を受けない自由のことだ。戦前の日本では国の政策に反する物言いが権力によって制約を受けることが多く、その反省も踏まえて言論の自由が憲法に明記されることになった。繰り返しになるが、これは「公権力から言論は自由である」という意味なのだ。

 しかしこうした自由は、私的な領域では制約される。他者の発言によって侮辱されたと感じれば、相手を侮辱罪で訴えることができる。名誉を毀損されれば、名誉毀損罪で訴えることができる。国家は法によって個人の発言を封じることはないが、私人同士の私的な領域では「そんなこと言うな!」「これ以上ひどいことを言うと訴えるぞ!」と相手に一定の制約を加えることができる。これは公権力からの言論の自由とは別の話だ。

 権力を持つ側は「言論の自由」に配慮して、私人同士の争いについては「当事者同士で解決してね。言論は自由ですからね」という態度を取るのが原則だ。だから新大久保や鶴橋で排外デモの連中がヘイトスピーチをしても、それが権力によって取り締まられることはない。

 「権力は個人の自由に制約を加えてはならない」というのは西欧近代社会が生み出した「基本的人権」という概念の根幹であり、これは誕生から200年ぐらいかけて、今では世界共通の約束事になっている。そもそも基本的人権なんてものは、人類にとって普遍的な価値観でも世界を司る真理でもないのだが、これが約束されていないと「近代」という世界の枠組みが保てないから、これについては疑っちゃだめですよ……ということになっているわけだ。

 ところがそんな「近代の約束事」なんてものは、同じ歴史を共有しない外部の人間には知ったこっちゃないのだ。近代化の過程で基本的人権の確立におびただしい血を流した西欧はともかく、近代が生み出した成果だけを「万国共通の普遍的なルール」として受け入れた国々は、そもそも「近代の約束事」である基本的な人権がなぜそんなに大事なのかがわからない。

 そこでは形式的に近代国家としての体裁を作るために、基本的な人権を守りますとは言いながら、何かことがあればメッキがはげて地金が出てきてしまう。そこでは「他人を傷つけるような言論の自由は許されない」とか「神や預言者を冒涜する者は死ななければならない」といった、言論の自由をまったく無視した話がまかり通るようになってしまう。

 でもこれは、ある意味ではわかりきったことなんじゃないだろうか。だって「基本的人権」というのは、やっぱりフィクションなんだよ。だからその価値を信じて疑わない人以外には、基本的人権なんて何の価値もないんだと思う。これは「基本的人権はフィクションだから信じる必要がない」という話じゃない。(そう言いたがる人が多いのも知ってるけど。)社会が成り立っていく上で必要な虚構というのは必ずあるわけで、それは身近なところでは「通貨の価値」であったりするわけです。これらもフィクションだけど、それを無視してしまったら社会が成り立たないよ。だから本当はそこに普遍的な価値なんてなくても「あることにしておく」のです。

 でもその価値が通用しない人たちが、この世界にはいるということは理解しておいた方がいいんだと思う。「近代」を信じない人たちが、この世界にはまだまだたくさんいるのです。もっとも「近代」なんてものが一時しのぎの便宜的な価値観に過ぎず、21世紀の人類は「近代」ではない、何か別の価値観を探し求めるべきなのかもしれないけどね……。

投稿者: 服部弘一郎 カテゴリー: 日記

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