「腰抜け愛国談義」を読む

腰抜け愛国談義

 「半藤一利と宮崎駿の 腰ぬけ愛国談義」という本を読んだ。文庫本でも出ているけれど、僕が読んだのはKindle版。これはどういうわけか表示に不具合がある不良品で、時々ページの中の1行が表示されなくなったりするのでイライラしてしまった。まあ全体としては雑談をまとめたものなので、1行ぐらい表示されなくてもどうってことないんだけどね。どうしても読みたければ、画面の文字の大きさを大きくしたり小さくしたりすると表示される。つまりデータ自体は書籍の中にあるわけで、これは表示のバグなのだ。こういうところがあるから、まだ電子書籍は完全には信用できないんだよなぁ……。

 映画『風立ちぬ』の公開後に出された関連本のひとつで、全体は2部構成。前半は半藤一利が映画を観ないまま、宮崎監督と互いの生い立ちや思い出についてあれこれ話をしている。後半は別の日に半藤氏が映画を観た上で、映画から派生するいろいろなことを語り合っている。これを読むと『風立ちぬ』の背景にあるものが、より立体的に浮かび上がってくる。『風立ちぬ』の堀越二郎には、宮崎駿の父親の体験が投影されていたりするのですね。

 著者のふたりが共に東京育ちということで、読んでいるとご近所の地名があれこれ出てきて興味が尽きない。著者たちがご近所同士の思い出話に興じている部分などは、たぶん東京の地理が実感としてよくわからない人には面白くもおかしくもないと思う。僕自身は東京の水路がほとんど使われなくなってからの東京しか知らないし、高速道路に遮られた薄暗い日本橋しか知らない。でも古い地図をながめながら街歩きをしたり、古い地図と新しい地図を重ね合わせたりしたことはあるので、著者たちがやっていることを見て「同じことをやっているな」と嬉しくなってしまった。

 それにしても著者たちの博識ぶりには驚くばかり。次から次に人名・地名・年号・事件などが出てくる出てくる。もちろん実際の対談テープをあとから編集者が補ったりしているわけだけど、話の流れを見る限りではやはり実際にそうした話題がそこで語られていたことがありありとわかるわけです。具体的な個人名などが出てきて、そこから話が脱線したりするので……。この脱線に次ぐ脱線がこの本の面白さなのだ。

投稿者: 服部弘一郎 カテゴリー: 読書, 日記

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