ホット・ジーザス来た!

サン・オブ・ゴッド

 イケメンの「ホット・ジーザス」で話題になっていた映画『サン・オブ・ゴッド』を観て来た。もともとがテレビシリーズで、それを劇場用に再編集したもの。フランコ・ゼフィレッリの『ナザレのイエス』と同じパターンなのだが、それに比べるとどうもスペック的に見劣りする。

 『ナザレのイエス』は監督も名前の知れた一流の人だったし、出演している俳優たちの顔ぶれも豪華だった。オリヴィア・ハッセーが出ている。アン・バンクロフト、アーネスト・ボーグナイン、ジェームズ・メイソン、ローレンス・オリヴィエ、ドナルド・プレゼンス、アンソニー・クイン、ピーター・ユスティノフ、マイケル・ヨーク、イアン・ホルム、ジェームズ・アール・ジョーンズ……。オールスターキャストだ。これに比べると『サン・オブ・ゴッド』は……、要するに「イエス役の新人俳優がこれまでのどんなイエス役者よりもイケメン!」ぐらいしか話題がなかったりするってことでしょ。

 あとイエス伝の宿命ではあるのだが、時代考証を緻密に行えば行うほど、実際の歴史的事実との間に齟齬をきたしてしまう問題がある。『サン・オブ・ゴッド』の風景や風俗描写はかなり力が入っている。でも人物設定などは100年以上前の古典的な聖書解釈のままで、これではセシル・B・デミルの『キング・オブ・キングス』(1927)と変わらない。ガチガチに超保守的なのだ。

 例えば、使徒ヨハネはその後流刑になって黙示録を書く。ポンテオ・ピラトはイエスを救いたいと願ったが、ユダヤ人指導者たちに押し切られてイエスに死刑判決を下してしまう。しかしこの判決の場面でユダヤ人の群衆が「その血の責任は我らと我らの子孫に」と叫ぶ場面はカットしてしまう。このへんは政治的な配慮があったりするんだろうけど、それが透けて見えるのがねぇ……。十字架の道行(ヴィア・ドロローサ)なんてものは聖書の中に特に具体的な記述があるわけでもないのだが、これも伝統的な手順をほぼそのままなぞっているようだ。

 試写会場でもらったプレス資料は「映画を観てないんじゃないの?」というところもあった。マグダラのマリアと姦通で石打ちになりそうなところを救出された女が、同一人物だと解説されていたからだ。映画は最近の通説に従って、この2人の女を明確に分けている。救われた姦通の女に子供が抱きつく場面で彼女を母親として描くところが、この映画でじつは一番新しいと思った演出なんだけどな。

 それにしても、僕はやはりイエス・キリストという「人物」にはあまり共感できないでいる。まあ相手は神様だから、共感も何もないのかもしれないけどね。

投稿者: 服部弘一郎 カテゴリー: 日記

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