物語としての映画の可能性

超能力研究部の3人

 午前中から試写3本をはしご。1本目はギャガで『天才スピヴェット』。『アメリ』のジャン=ピエール・ジュネ監督の新作だが、ひとりの天才少年が自分の居場所を探すために旅に出る物語。現代アメリカが舞台になった英語作品で、売りは3Dだろう。ジュネ監督特有の世界観が3Dになっているのは見どころだが、僕は監督の『ロスト・チルドレン』が3D版になったらぜひ観たいと思うけどな……。

 六本木に移動して簡単に食事を済ませようと思ったら、時々行っていた吉野家が店をたたんでもぬけの空になっていた。六本木通り沿いの店も少し前になくなったし、六本木で吉野家ってあとどこにあるんだろう? しょうがないので目と鼻の先にあるすき家で牛丼。すき家は最近いろいろと言われているのだけれど、都心部のお客さんの多い店は店員も多いしどうってことないのだろうな。問題は郊外型の店。山梨に帰ったときもロードサイド店などを見かけるけど、あれってどのぐらいお客が入っているものなのかな。

 2本目の映画は韓国映画『王の涙 -イ・サンの決断-』とう歴史物。「イ・サン」という韓国製大河ドラマもあったというのだが、僕はそれは知らない。こちらは歴史サスペンスドラマとして見応えがあった。王の即位から1年後に起きた暗殺未遂事件をモデルにしているらしいのだが、物語を事件が起きるまる1日前からスタートさせて事件までカウントダウンさせつつ、王や事件に関わった刺客たちの回想シーンを挿入してそこに至る人物たちの過去を浮かび上がらせていく。劇中で「中庸」を引用しているのだが、漢文読み下し風の字幕になっていなかったのでちょっと間抜けな感じがした。物語に直接深く関わっているわけではないので(一応主人公の心情なり理想を語った句ではあるのだが)、これは意味のとりやすさよりも漢籍を引用できる教養や知識を表現した方がよかったんじゃないのかな。

 3本目の映画は同じ試写室で『超能力研究部の3人』の最終試写。乃木坂46からオーディションで選ばれた3人が主演のアイドル映画だが、これがちょっと風変わりな作りになっている。まずこの3人には『超能力研究部の3人』という映画に出演してもらうことにする。ところがこれが「ドッキリ企画」みたいなもので、実際にはそうした映画は作られない。映画を作るという前提で3人を引っ張り回し、精神的に追い込んで行くのが狙いだ。ところが……この「ニセ企画にだまされる3人のアイドル」という企画自体がインチキなのだ。これはフェイクドキュメンタリーで、映画は「ニセ企画にダマされる3人のアイドルの物語」というフィクションになっている。ところが……この映画の中には明らかに、ドキュメンタリーとしか思えない部分も多々ある。「ドッキリ企画」の一部は本当で、それがフェイクドキュメンタリーの中に仕込まれている。かくして「本物」と「にせもの」がメビウスの輪のようにぐるりとつながって、いったいどこが本当でどこがフェイクかわからない、まか不思議な映画が出来上がったわけだ。

 この映画が面白いかどうかは別として、映画にはまだこんな「語り」があり得るのだと提示することが、この映画にとっての一番の驚きだと思う。映画は面白い。まだまだいろんなことができる。だから映画を観るのはやめられない。

投稿者: 服部弘一郎 カテゴリー: 日記

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