土井たか子さん死去

土井たか子

 土井たか子さんが亡くなった。別にそのこと自体を「残念だ」などと惜しむつもりもない。ここ何年かは認知症を患っておられたとのことで、公の場に出てくることはほとんどなくなっていた。社会的には、土井たか子さんはもう何年も前から死んだも同然だったのだ。

 僕は彼女が社会党の委員長になった時代を、リアルタイムで知っている。土井ブーム、おたかさんブームがあり、社会党は1989年の参院選挙に女性候補者を大量擁立して当選させ、マドンナブーム、マドンナ旋風を巻き起こした。彼女がその時「山が動いた」と言ったのは与謝野晶子が雑誌「青鞜」の創刊号(1911年)に寄せた「そぞろごと」の冒頭の言葉『山の動く日来(きた)る。かく云へども人われを信ぜじ。』を踏まえたもので、土井たか子という人が平塚らいてうなど日本の婦人運動の流れを汲む人であることを象徴する言葉だった。

 土井たか子が率いていた社会党はその後、社民党と名を改めて党首を福島瑞穂に引き継ぐわけだが、僕は福島瑞穂という人に、平塚らいてう、市川房枝、土井たか子に至る、日本の婦人運動家の流れを感じない。福島瑞穂は「婦人運動」ではなく「フェミニズム」の人なのだ。土井たか子は「土井チルドレン」と呼ばれた福島瑞穂や辻元清美を可愛がったが、彼女たちが持ち込んだ「フェミニズム」のせいで、土井たか子が育み花開かせた「婦人運動」の流れは断ち切られてしまったようにも思う。

 土井さんは社会党の絶頂期から転落までをその目で見ていたわけだが、社会党改め社民党の「消滅」を目にすることなく世を去ったのはまだ幸せだったかもしれない。社民党はおそらくあと数年で国政の場から消え去るだろうからね……。(既に存在感はほとんどゼロなんだけど。)

投稿者: 服部弘一郎 カテゴリー: 日記

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