「日本の仏教」を読む

日本の仏教

 岩波新書から出ている渡辺照宏の「日本の仏教」を読み終えた。同じ著者の「仏教」はもうずいぶん前に読んでいたのだが、これはその続編。初版は1958年だからもう半世紀以上前の本で、この手の本の中では「古典」に属すのかもしれない。

 前著「仏教」がシャーキャムニ(釈迦)の教えから初期教団の発達を経て大乗仏教までを大まかにたどっているのに対して、この本は「日本の仏教」というタイトルとは裏腹に、インドから中国に渡った仏教のその後を解説している。ただし「仏教」がシャーキャムニを起点にして仏教の発達をたどるとしたら、「日本の仏教」で行われているのは日本の仏教から源流である中国の仏教へとさかのぼって行く方向だ。その結果、チベットや東南アジアの仏教などについての解説は、「仏教」と「日本の仏教」からは除外されている。それらも著者の視野には入っているが、コンパクトな新書の中では割愛されているわけだ。この構成はなかなか見事なものだと思う。

 「日本の仏教」を読んでいて痛快なのは、著者がシャーキャムニや初期教団の教えを仏教の基準として、そこから外れた日本独自の仏教、特に鎌倉期以降の「新仏教」をこてんぱんにやっつけてしまっていること。鎌倉期以降の仏教で日本の主流教団として成長するのは日蓮系の宗派と浄土真宗なのだが、著者の日蓮に対する批判は手厳しい。著者によれば、日蓮は仏教の基本がまったくわかっていない人だったらしい。また浄土真宗についても宗祖の親鸞については優れた宗教哲学者だと一定の評価をしつつ、戒律を廃した半僧半俗の教団については日本仏教を堕落させた元凶だとバッサリ切り捨てている。

 何しろ半世紀以上前の本なのでこれがそのまま現在の「日本の仏教」の姿ではないし、仏教研究の進歩によって内容的に古くなっている部分もあるかもしれない。しかし著者の「日本仏教史」の骨組みは明瞭なので、今後仏教関係の本を読んでいく上でのひとつの目安にはなりそうな気がする。「仏教」も読み直し、著者の他の本も読んでみようと思わせる1冊だった。

投稿者: 服部弘一郎 カテゴリー: 読書

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