日本は老人を輸出しよう

老人

 敬老の日にちなんで老人問題の話だが、そう遠くないうちに日本は老人を海外に輸出するようになるのではないだろうか。というより、そうしないと日本はやっていけなくなる。現在の方法では、介護現場が成り立たないのだ。

 日本は人件費が高いので、介護現場の人件費も高くなる。今後人手不足になれば、介護のように体力的にきつくて安い仕事は若年労働層からますます敬遠されるようになるだろう。海外からの労働力でこれを賄おうとしても、日本で働いてもらう以上は日本人労働者と同じ賃金を払わなければならない。しかも海外労働力を入れることで介護現場の賃金は低水準で固定化されるようになり、ますます日本人が働きにくい職場になってしまう。

 海外から介護職員を輸入するという発想がよくない。これは発想を180度逆転させて、介護される老人たちに海外移住してもらえばいいのだ。例えばフィリピンに官民協力して大規模な「日本人村」を作り、そこに数千人、数万人という単位で日本人高齢者に移住してもらう。日本と同じ設備を持つ病院を作り、日本語が通じる医師や看護師を配置するか通訳を常駐させ、そこでは日本の健康保険が使えるようにする。介護については現地のスタッフを雇うが、この場合は日本の最低賃金に縛られないのでかなり格安で労働力がまかなえるはずだ。高齢者の生活は日本から送金される年金で賄う。何なら生活保護を支給してもいいだろう。

 日本ではかつて「シルバーコロンビア計画」などの名前で、退職した高齢者たちを海外に移住させて現地の安い物価で暮らしてもらうことを試みたことがある。しかしこれは「現代版姥捨て山」だの「日本と海外を容易に行き来できる金持ちだけの特権」などと批判されて、その後は下火になってしまった。一番の問題は、海外に移住した老人たちが病気になると日本に帰ってきてしまうことだ。最後はやはり家族に看取られながら、日本で死にたいのだ。その結果、介護や医療という一番お金がかかる部分は日本で賄わなければならなくなる。リタイア後の「悠々自適の生活」というオイシイところだけを海外に持ち出され、面倒で金のかかる部分は日本で済まそうというのだから、これでは高齢者問題の解決にはならない。

 僕がここで提案している老人の海外輸出というのは、文字通り「現代版姥捨て山」を想定している。老人を日本で世話するのは金がかかるから、海外で安上がりに世話していただきましょうという発想。受け入れ側の国にとっても、日本から継続的にお金が落ち、現地での雇用も増える。いろいろと問題はあるかもしれないが、概ね歓迎されるのではないだろうか。まあ日本国内ではいろいろな批判はあると思うけど、案外これは事業として立ち上げると、引き合いが多いものになるような気がする。

 いずれにせよ、日本はこれから今まで以上にいびつな超高齢化社会に突入して行く。そこでは高齢者たちが、社会資産を食いつぶすだけの不良債権になってしまうのだ。「老人でも働ける社会にしましょう」という意見もあるけど、今でさえ企業の定年は60歳。これを65歳まで延長し、さらに70歳まで延長して、それで社会が健全に機能するとはとても思えない。考えても見てほしい。大学を出た新入社員が企業に就職すると、そこには半世紀前からその会社にいる老人たちが大勢いて、しかもそれが管理職や経営者として現役で働いているのだ。しかも企業内の人員はその社会の人口構成を反映しているから、若年層は圧倒的に少数派。そんな企業からは、時代の変化に対応した新しい発想なんて生まれない。グローバル時代にそんな企業は潰れるか、衰退するかだよ。

 これについて僕はむしろ逆転の発想で、企業は定年を45歳ぐらいにすべきだと思ってるんだけどね……。会社勤めしている人は20年かけて自分のキャリアを磨き、一度退職して再就職するか起業しなければならないことにする。まあこれについては老人の輸出とは別の話なのでこの程度にしておくけど……。

投稿者: 服部弘一郎 カテゴリー: 日記

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