句読点の打ち方

句読点

 昨日の日記に作文の構成について書いたので、ついでに約物の使い方について書く。

 約物というのは漢字やかななどの文字ではないが、文章を書く際に文字と組み合わせて使うさまざまな記号のこと。一番良く使うのは句読点。句読点は句点と読点の総称で、句点は文章の終わりに打つ「。」のこと、読点は文章の途中の区切りに打つ「、」だ。これは小学校の作文の授業で最初に教わるのだが、じつはその使い方がよくわからないものだと思う。(約物は他にも、ナカグロ、カギカッコ、パーレン、スラッシュ、三点リーダーなど、さまざまなものがあるのだが、今回は句読点に限って書く。)

 僕が句点の使い方でよくわからないのが、かぎ括弧と組み合わせたときに句点がどこに置かれるかだ。かぎ括弧と句点が他の文字で隔てられているときは、話は簡単だ。例えば次のような例。

  • 山田さんが「おはようございます。朝ですよ」と言った。

 問題は次のような例だ。

  • 山田さんは言った。「おはようございます。朝ですよ」。

 僕は上記のように書くのだが、ものによっては次のようになっているケースもある。

  • 山田さんは言った。「おはようございます。朝ですよ。」

 あるいはこの文例の場合、文末の句点を省略してしまう場合もある。

  • 山田さんは言った。「おはようございます。朝ですよ」

 どれが正しいのか? じつはどれも間違いではない。世間一般の印刷物でどれが使われているかというと、じつはバラバラなのだ。具体例として、同じ内容のテキストが、違う訳文、違う出版社から出されているもので、どのように異なっているかを見てみよう。新約聖書のマルコによる福音書1:7-8だ。まずは日本聖書協会の新共同訳。

彼はこう宣べ伝えた。「わたしいよりも優れた方が、後から来られる。わたしは、かがんでその方の履物のひもを解く値打ちもない。わたしは水であなたたちに洗礼(バプテスマ)を授けるが、その方は聖霊で洗礼(バプテスマ)をお授けになる。」

 同じ箇所がサンパウロから出ているフランシスコ会訳だと次のようになる。

ヨハネは宣べ伝えて言った、「わたしよりも力のある方が、後からおいでになる。わたしは身をかがめて、その方の履物の紐を解く値うちさえない。わたしは水であなた方に洗礼を授けたが、その方は聖霊によって洗礼をお授けになる」。

 細かな語句の違いや文章の区切りの違いではなく、この文章の末尾の部分に注目していただきたい。新共同訳は最後の句点がかぎ括弧の前にあるが、フランシスコ会訳は句点がかぎ括弧の後にある。これは校正ミスなどではなく、新共同訳とフランシスコ会訳とで句点とかぎ括弧の組み合わせについてのルールが違うのだ。こうしたルールはひとつの文章(あるいはひとつの本や雑誌)の中で統一されるものなので、ライターが原稿を書いて入稿した後、編集部内で勝手に直されてしまう。何度か直されると、そのうち編集部のルールに合わせて最初から原稿を書くようになるんですけどね……。

 というわけで僕は、かぎ括弧の後に句点を置く派で通している。これは自分の中で統一しておくと、編集者が後で直すにしても、修正箇所をチェックしやすいというメリットがある。(最近はワープロで一気に検索置換しちゃいそうだけどね。)

 あ、いま気がついたけど、僕はかぎ括弧と句点の組み合わせでは句点をカギ過去の外に置くけど、パーレン(丸括弧)との組み合わせの場合は、括弧の中に句点を置くんだな……。これは統一した方がいいんだろうか? と、かように約物の使い方は難しいのだ。いつも悩んでます。

投稿者: 服部弘一郎 カテゴリー: 日記

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