変わりゆく音楽のビジネスモデル

Tin pan alley

 「子供にはピアノを習わせたい」と考える家庭は今でも多いのかもしれない。僕も子供の頃に少し習ったことがある。自分の子供にも習わせてみた。でも自分は続かなくてやめてしまったクチなので、子供も練習に身が入らず上達の気配がみられない段階でやめさせてしまった。ピアノなんて別に、弾けなくたって構わないのです。

 そもそもピアノを習うというのは、ずいぶんと時代遅れの教養なのだ。今から100年前のアメリカやヨーロッパでは、中流以上の家庭の子供たちが一通りピアノを稽古させられた。なぜかと言えば、そうしないと気軽に音楽が楽しめなかったからだ。

 現在は音楽を楽しむために、CDがある、ネットもある、テレビやラジオもある。でも100年前にはそれらが何もなかった。ラジオ放送の開始は1920年代からだし、テレビは1940年代以降に広く普及している。100年前には蓄音機があった。でもこれは音があまりよくないのだ。レコードの音質が飛躍的によくなるのは、1920年代に電気式の録音が用いられるようになってからだ。100年前の人たちが音楽を聴く際は、評判の歌手や演奏家が各地でコンサートやリサイタルを行う際に足を運ぶという方法と、楽譜として出版された最新の流行歌を、自分たちで演奏して楽しむという方法があった。

 じつは20世紀初頭の音楽ビジネスの中心は、楽譜の出版なのだ。楽譜専門の出版社というのがたくさんあって、最新の流行歌はそこから楽譜として出版された。音楽ファンはその楽譜を買って、自分で演奏し、自分で歌う。つまり100年前に最新の音楽を楽しみたいと思えば、楽譜が読めて、自分で楽器が演奏できて、それなりに歌えなければならなかった。このため当時の中流以上の家庭では、子供たちにピアノを習わせていたわけです。

 ではピアノが買えないような庶民はどうしていたかというと、プロのピアノ弾きがいる場所で音楽を楽しんでいた。プロのピアノ弾きは酒場にいたし、映画館にもいた。20世紀初頭の映画館ではフィルム掛け替えの合間に、歌詞をスクリーンに投影してピアノ弾きがメロディを奏で、客席全員で歌を歌っていたのだ。(これはアメリカでの話。日本ではどうだったんだろうか。日本の映画館にも楽士が入ってたんですけどね。)

 音楽ビジネスはその後、1930年代からは完全にレコードが主流になっていく。スタジオ録音したレコードを大量にプレスして、全世界に売りさばくビジネスモデルが確立したわけだ。レコードはSP盤がLPやEPになり、それがCDになった。でもこれは器が変わっただけで、ビジネスのスタイルは変わらない。これがだいたい20世紀一杯続いたわけで、音楽ビジネスの有り様としてはわりと長く続いた方なのかもしれない。

 そんなわけで1930年代以降は一般家庭の子女がピアノを習う必然性もなくなったのだが、ピアノを習わせるのはその後も「豊かな家庭のたしなみ」とされて今に至っているようだ。でもまあ、ほとんどの人には関係ないんだけどね。今はどういう形であれ、自由に音楽を楽しむことができるんだから。(音楽を聴くのと自分で演奏したり歌ったりするのとは別の楽しみではあるけど、歌うだけならカラオケだってあるぞ!)

 CDが売れなくなっているというのだが、録音した楽曲を販売するというビジネスモデルは、音楽業界ではそれほど長い歴史を持ったものではない。たぶん今後も別の形で、音楽ビジネスは続いていくのでしょう。CDが売れなくなり、DL販売でもその埋め合わせができなければ、スタジオで手間暇かけて録音するコストがかけられなくなる可能性はある。それは今の時代に音楽をやっているアーティストにとっては気の毒なことかもしれないけど、時代の流れの中で特定の表現技法が立ち行かなくなるというのはこれまでにもあったこと。アーティストはいつだって与えられた条件の中で表現を模索するしかないわけで、これ自体が「音楽の危機」といった話ではないと思う。

投稿者: 服部弘一郎 カテゴリー: 日記

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