集団的自衛権がある国の若者たち

サンシャイン 歌声が響く街

 映画『サンシャイン 歌声が響く街』は、アフガニスタンの戦場で装甲車が地雷を踏みつける場面から始まる。装甲車に乗っているのはイギリスのスコットランドにある小さな町リースの若者たち。場面はそこから一転して、若い兵士たちが町に戻ってくるシーンになる。

 町に戻って姉夫婦の家に居候を始めた青年は、甥っ子から「戦場で人を撃ったことがある?」とたずねられて言葉を濁す。これで彼が戦場で誰かを撃ったことがあることがわかるし、そのことが彼の心に深い傷を付けていることがわかる。彼は戦場で両足を失った友人の病院を、見舞に行くこともできない。彼の心は両足を失った本人以上に、ひどく傷つき痛めつけられているのだ……。

 『サンシャイン』は歌って踊って恋をする楽しいミュージカル映画だけど、そこにはイギリスという「戦争ができる普通の国」に生まれた若者たちの厳しい現実が描かれている。日本はそれに比べりゃ呑気かもね。

 でも安倍首相は憲法解釈を変更して、日本もまた「戦争ができる国」にしたいみたい。若者たちを戦場に送り込んで、他国の若者たちが傷ついたり死んだりするのと同じように、自分たちの国の若者たちも傷つけたり殺したりしないと、国際社会の中ではなんだかバツが悪いと思っているみたい。世界中の若者たちが戦場で血を流したり苦しんだりしているのだから、日本もそれにお付き合いしないと申し訳が立たないと思ってるのかな。

 「日本の国益を守るためには軍隊を戦地に送らなければならない」「日本の若者が戦場で血を流し命を落とすことで、国際社会での日本の信用度が上がり、それが日本の平和と安全を守ることにつながる」という言い分もわからぬではない。理屈としてはそういうのもアリなのかもしれない。でもそれは「人身御供を捧げることで五穀豊穣と平和が約束される」という古代人の信仰に、なぜだかとてもよく似てしまうのだ。

 イギリスが野蛮な国だと言うつもりはないのだが、戦場で戦闘に巻き込まれるような所に自国の若者が行かずに済むのであれば、それに越したことはないだろう。僕は日本の自衛官が死ぬのを怖がっているとか、腰抜けだとか、そんなことは少しも考えていない。彼らは自分たちの国を守るためなら、命がけで働いてくれる人たちに違いない。でも「集団的自衛権」というのは、ちょっとわかりにくい。日本が直接攻撃されているわけでもなく、日本人が直接危険にさらされているわけでもないのに、地球の裏側まで行って他国と一緒になって戦争をしろと言われることに、自衛官は納得できるのかなぁ。まあ命令があれば行かざるを得ないんだろうけど……。

投稿者: 服部弘一郎 カテゴリー: 日記

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