英語コンプレックス

マダム・イン・ニューヨーク

 僕は英語がしゃべれない。中学高校では英語の成績が最低レベル。五段階評価なら1か2。10段階評価なら2か3という落第点ばかりだった。なぜこんなに成績が悪かったのか。それは勉強しなかったからだ。最近の若者は海外に対する憧れがなく、海外留学や海外勤務にまったく興味関心を示さず、むしろ嫌がる傾向があるそうだが、僕などはそれを30年も先がけてやっていたのだ。「英語なんてやって意味がない」と思っていた。自分は海外になんて行かないし、海外の新聞記事や本も日本人に必要なものはちゃんと翻訳されたものを読めばいいと思っていた。

 ところが20年ぐらい前に、インターネットというものが登場した。海外のホームページはほとんど英語だが、これがほとんど読めない。自分の欲しい情報がおそらくは今目の前に開いているページに書かれているのであろうと予想できても、そこに何が書かれているのかチンプンカンプン。これには参った。

 海外に行く機会も、少ないながら出てくる。最初に出かけたのは、当時弟夫婦が住んでいたベルギーだった。ところがここで、僕の「英語なんていらない」という考えがむしろ強化されてしまう。ヨーロッパの観光地でも、そこらへんの売店や屋台のオヤジや、スーパーのレジのお姉さんは英語なんてしゃべれないからだ。それでもちゃんと買物だってできる。少なくとも観光でうろうろ街を歩き回る程度なら、言葉ができなくても困らない。「英語がしゃべれなくても何とかなる!」というのが僕の考えで、それは基本的に今でも変わらない。

 しかしそれでも僕が英語ができないという事実は変わらないし、英語コンプレックスのようなものがないわけでもない。家族で海外旅行に行けば、うちの奥さんは英語ペラペラで僕はまるでダメなので、そこに引け目を感じたりもする。だから今回『マダム・イン・ニューヨーク』を観た時は、主人公が初めて訪れたニューヨークであたふたする様子を見ながら「これは俺だ!」と思ってしまった。

 この映画の主人公はインドの専業主婦。インドはイギリス植民地だった関係で日常会話にも半分ぐらい英語が混じったりするのだが、彼女の家では夫が仕事の関係で英語ペラペラ、娘もミッション系の学校に通っていて英語ペラペラだ。もちろん英語がしゃべれないと言っても、インドでの日常生活に不便があるわけでもない。多少の引け目を感じながらも、ヒロインはそれで何とかやって来た。ところがアメリカで生活している姉の娘が結婚するというので、その手伝いをするため彼女はひとりニューヨークへ行くことに。そこで英語ができない苦労を味わい、彼女は一念発起して英語学校に通うことにする……というお話。

 初めて外国に行くときに出国や入国の手続きでドギマギするとか、言葉が通じないと簡単な食事をするのも苦労するとか、あれもこれも身に覚えのあるエピソードばかり。まあ僕はそこから「英語学校に通おう」とは思わなかったのだけれどね。

 インド映画なので途中にインターミッションが入ったりするのだが(日本での上映ではインターミッションの字幕だけ出て通し上映)、上映時間は2時間14分と短め。ミュージカルシーンも特になし。でも歌とダンスはちゃんとある映画。ヒロインを演じたシュリデヴィは1963年生まれだから50歳! とてもそうは見えない美しさ。

 午後は最初に『シークレット・チルドレン』を観たが、これはちょっと困った映画だった。登場人物が画面の中に2〜3人出てきて、ずっと話をしているという場面が延々続くSF映画。ひどく退屈。その後は『ポンペイ』。これは3D映画なのだが、今回は2D上映。火山噴火で町が破壊されるスペクタクルが見どころなので、これはやはり3Dで観た方がいいんだと思う。今日はさらに欲張って4本目が『叛乱者たち』。ボリビアの民族闘争史のダイジェスト版みたいな力のこもったいい映画だったけど、さすがに4本目は疲れていた。お尻が痛くてずっともぞもぞ。試写会場がやたらと混んでいたのが印象的。

投稿者: 服部弘一郎 カテゴリー: 日記

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